第90期 #8

四月一日

「おまえ、知らなかったのかよ」

「そんな話、聞いてないよ!」

「マジで?! 早く奥さんに連絡した方がいいぞ」

「まさか、うちのに限って……いちおう確認はしてみるけれど」

「あんな美人の奥さんもらえば、まわりが見えなくなっても致し方ないとは思うけれど、おまえ、新聞くらい目を通せよな」

「まさか、そんなことになってるなんて思いもよらなかったよ……。そういえばあいつ、二、三日前から何だかせわしそうだったからな。しかし、この政権はとんでもないことしやがるぜ……。あっ! すまん、家に電話してくるから、またな」

「ああ、奥さんが出てくれることを願ってるよ。――まったく、こんな大事なことも知らなかったなんて、どうしようもないヤツだな……」



 政府は景気の悪化によって不当な扱いを受けている、容姿が際立って美しい女性たちを救済すべく、美人特別救済法を制定し、本年四月一日より施行いたしました。
 これは、容姿が端麗であるにもかかわらずまっとうな職業に就けず、いわゆる派遣社員などによって地位を虐げられている女性について、その容姿に似合った職業と待遇を保証するものであり、対象は低賃金ゆえに仕方なく結婚しなくてはならなかった女性にまで広げられております。
 これからは、美人であれば容姿に似合った職業を自由に選択でき、職業だけではなく将来の伴侶に於いても似合った相手を選ぶことも可能になったのです。
 これまでは、美人であっても低賃金のために生活していくのが困難であった、いわゆるワーキングプアと呼ばれていた女性たちが、安定した職業に就いているという安易な理由だけで、彼女たちとは到底不釣り合いであるはずの男性たちと、「結婚」という永久就職をしなくてはなりませんでした。そんな理不尽極まりない時代に、やっと終止符がうたれることになったのです。

 美人に幸あれ!



Copyright © 2010 中崎 信幸 / 編集: 短編