第90期 #3
岡に生えた芝生は、先ほど降った雨のせいで濡れていた。
「嫌だよ、こんな所で寝転ぶの」
息子が反対しはじめる。
「星見たいけどさ、濡れちゃうなら帰るよ」
「ちょいちょい、落ち着けよ。ちょっとぐらい濡れたって平気だって」
「ダメ。お母さんにしかられちゃう」
「いいって、男がいちいち気にすんな。ほら、座れ」
「ダメだよ〜」
妙な意地をはるところが、母親に似てきたなあ。
それは、日曜の昼。のんびりと新聞を読んでいると、ある記事が目についた。『やぎ座アルファ流星群、到来』と書かれてあるその記事は、とても小さなスペースにぎっしりと文字が詰まっていた。
「おい、克久」
「なーに?」
名前を呼ぶと、息子が元気よく走ってくる。ウルトラマンごっこをすると勘違いしたのだろう。
「ウルトラマンごっこしてくれるのー?」
案の定、目を輝かせながら訊いてくる。違う、違うって。分かったからスペシウム光線はやめろよ。
「これだよ、しし座アルファ流星群」
「やぎ座だよ」
「あ、ごめん。やぎ座アルファ流星群ね。これ、観に行かないか?」
「行く行く! 僕、やぎ座あるふぁー流星群みたーい!」
というわけで、その流星群を観るために近所の岡まで連れてきたのだが、突然の雨によって岡は濡れていて――。
「嫌だよ、僕、帰る。家でウルトラマンと一緒に遊ぶんだ!」
「お前が来たいって言うからだろー。俺はな、克久が行きたくないって言えば、行かないつもりでいたんだ」
「嘘ばっか。それに、こんな事になってるって知らなかったんだもん」
確かに。
仕方なく、持ってきたタオルで芝生を拭いた。
「ほら、これでいいだろ」
「ん……」
まだ完全に納得しきれてないようだが、とりあえず座ってはくれた。
「もうちょっとで、星がいーっぱい来るからな」
「あっ、見て!」
克久が指を指したその先には、流れ星が光っていた。
「あそこにも星が! あ、こっちにもある。見てみて、ほらお父さん、早くしないとどこかへ逃げちゃうよ」
先ほどの嫌気はどこへやら。
「大丈夫。星さんたちは逃げていかないよ」
「ホントに?」
「ああ、地球をぐるっと一周回って、またこの場所に帰ってくるから」
「いつで帰ってくるの?」
「んー、多分、数年後ぐらい」
下らないジョークを言ったせいか、息子が睨んでくる。それでも私は、これ以上ない幸せを感じていた。星に囲まれながら、息子と一緒にいれるなんて。こんな人生でも、捨てたもんじゃないよな。