第90期 #2
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イタリア史上最悪の水害が始まる前、とある学者が雷に打たれて死亡した。
大水害後、彼の腐乱死体がフィレンツェで見つかる。
それから遙か後のこと――。
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【『とある詐欺師の魔法の杖』おまけミニショートショートその1】
『期限切れの言葉』
円形の小さな窓の外では、赤砂の景観がどこまでも広がっていた。
砂面には曲線的な凹凸はあっても、足跡などはまるでない。
小窓の内側にあるのは、居住空間。白を基調とした極めて簡素な部屋。
「愛してる」
部屋に備え付けの小綺麗なベッドの上で、男が隣に座っている女の耳元に甘く囁いた。
そうして男は女の腰に腕を回したまま、彼女の返答を待っている。
男のとろけるような言葉を受けて、女はピクリと反応した。ほんのり潤んだ綺麗な唇が静かに動き出す。
『期限切レデス。期限ヲ更新スル場合ハ、スロット二、カードヲ挿入シテ下サイ』
男は落胆の表情を浮かべる。だが気を取り直すと、すぐに懐から有効残高のあるカードを取り出した。
そして女から言われた通りに、慣れた手つきで彼女のスロットにカードを挿入する。
「愛してるよ」
男は、再び甘く囁いた。前回よりも想いを込めて。
「――私も愛してるわ」
女も満面の笑顔で百万年続く愛の言葉を返す。
男は満足げに優しく女を抱きしめると、いつも通りの熱く激しい口づけを交わした。互いの四肢を絡ませ、ベッドが軋む。
そうして、火星収容所の夜は今日もまたゆっくりと更けていった。
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とある学者が、イタリアのフィレンツェで立派な死体となり、腐乱し始めていた。
そして体内で蛆虫も涌き出していた頃のこと。
摩訶不思議、オタク大国日本では――。
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【『とある詐欺師の魔法の杖』おまけミニショートショートその2】
『インコ』
「オハヨウ、オハヨウ」
インコの声がして、俺は目を覚ました。
俺はベッドから起き上がり、毎朝起こしてくれる律儀なインコに優しく声をかけた。
「おはよう」
朝の挨拶を済ませて、いつも通りインコの籠の戸を開けてやる。
「オハヨウ、アイシテル。キョウノアサ、ツクル」
インコはそう言って籠から這い出ると、エプロンを着て台所に向かった。朝食の準備を始めている。
俺は、いそいそと朝食を作るインコの後ろ姿を見て、つくづく思った。
「インコの裸エプロンぱねー」