第90期 #23

儀式

 休日の学校で待ち合わせ。卒業式はとっくに済んで、もう着なくなっていたブレザーとスカートを身に着けて。待ち合わせ相手はこの学校に入学してくる子だ。
 三つ下の幼馴染。といってもここ数年は会うこともなかった。一昨日、家の近くでセーラー服姿の彼女と偶然会って、春から私の通っていた高校に通うことを知らされた。はしゃいだ様子の彼女に気圧されて、軽くときめいて、特に考えもなく待ち合わせの約束をした。
「じゃあ、学校の中とか案内してくれませんか」
 学校なんてどこもあまり変わらないと思う。それでも約束は約束なので、私は今校舎の二階廊下から正門を見下ろしている。
 私が先にきて、彼女が後にくる。そう提案したのは彼女だった。駅前などで待ち合わせしてもよかったのだけれど、彼女はまず一人で学校までの道筋を辿りたかったらしい。
 休日なのでほとんど人がいない。校庭でサッカー部が練習試合をやっていて、その声や音が微かに聞こえてくる。
 手を組んで前に出し、軽く伸びをした。何だか緊張する。休日の学校。制服での待ち合わせ。何年も会っていなかった幼馴染。先輩と後輩。ここを卒業した者とここに入学する者。そんないつもと違ういろいろのせいで、いつもより心臓が高鳴っていた。
 女の子が正門を通って歩いてくる。ここの学校の制服を着ていたから、最初それが彼女だと気づかなかった。ブレザーとスカート。目を凝らすと真新しいのがわかる。まだ着慣れていない感じが可愛かった。
 たぶん彼女は私を驚かせたかったんだろう。駅ではなく学校で自分の制服姿を見せたかったんだろう。校舎の二階の窓を順に眺めて、私を見つけると嬉しそうに手を振った。そうしてすぐに校舎のほうに駆けてくる。
 私は窓に背を向けて、両肘を窓枠に置き、ゆっくりと首を動かして廊下を見渡した。右から左へ。どこの学校でも変わらなさそうな廊下。階段を上ってくる彼女の足音。私はそれに紛れるぐらいの小声で言う。この学校に言う。
「あの子、私の幼馴染だからよろしくね」
 もちろん学校が「わかった」なんて返事するはずもなく。
「お待たせです、先輩」
 階段口から現れた彼女は眩しいぐらいの笑顔だった。真新しい上靴も眩しい。
「ねえ」
「はい」
「わかった、って言ってみて」
「え?」
「いいから」
 彼女は不思議そうにしながらも言われるままに、
「わかった。……で、いいですか?」
「うん、よろしい」
 じゃあ、よろしくね。



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