第90期 #24

アルタイルの扇

 今夜は32年ぶりのビッグイベントの日。僕は彼女との待ち合わせ場所である高層ビルの屋上に急いでいた。ここに来るまでに会った人々は、一心不乱に祈り続けているか、狂ったかのように暴れている人ばかりで本当に嫌だった。だから屋上について彼女の笑顔を見つけたとき、心から暖かい気持ちになれた。
 屋上の床に断熱シートを敷いて、二人で並んで座る。
「そろそろ時間、ちょうどあの方向、アルタイルから来るんだよ」
 そう言って僕は一つの星を指差す。そのまま二人並んで同じ方向を見つめながら会話をする。
「君のご両親は大丈夫だった?」
「ううん。お父さんは泥酔して寝込んでる。お母さんは平気そうな顔で家事やってるけど、普段やらない細かい掃除ばっかりするのがおかしかったよ」
「そうか。でも32年前はほとんどの人がおかしかったけど、今はそれほどでもないから、32年後にはきっとみんな、落ち着いてショーを楽しめるだろう」
「気の長い話」
 彼女の笑い声が響いたそのとき、夜空に光の扇が現れた。
 ちょうどさっき指したアルタイルの一点から、地平線にまで伸びる細い光の扇。僕らは驚きに息を呑む。
 その光は、アルタイルから地球へ放たれているレーザーだった。惑星一つ滅ぼせる出力のレーザーが、太陽系のごく薄いガスまで発光させ、光の帯を作っている。
 予想していた線とは違う光景に僕らは言葉もない。地球から近いところを掠めたせいで、扇のように広がって見えたのだ。あと数十万キロずれたら、地球に当たっていたかもしれない。
 アルタイルと地球は、百年以上前から戦争をしている。人類史上初の恒星間戦争は、互いの惑星めがけて高出力レーザーを撃ち合うという、実に退屈なものだった。なにしろ17光年も離れているから、ワープでも発明されない限りレーザーがもっとも早い攻撃手段なのだ。
 そしてこれだけ離れていれば、どんな精密測定をしてもなかなか当たらない。一発撃ってから誤差を観測し、それを修正してから再度撃つ。その繰り返しだ。しかも撃ったのが届くまで17年かかり、その結果を観測するのにさらに17年。32年に1発しか撃てないのだ。
 やがて光の扇が消えた。僕らは二人揃って残念そうな溜息を漏らす。
 だが次の瞬間、街の各地ですさまじい歓声と祝いの音が響き始めた。
「楽しむのが遅いんだよ」
 僕が不満げにそう漏らすと、「次はきっとみんなで楽しめるよ」と彼女がなぐさめてくれた。



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