第90期 #20

曇天

 ある日、ふと天井を見上げますと、一本の糸が降りてまいりました。
私がそれに手を触れましたら、しゅるしゅるしゅると次から次へと糸が天井から出てくるのでした。

 「おや……穴だ」私の言葉通り、天井には小さな穴が開いており私はすぐさま、こりゃ天井の糸だと思ったのです。
 
 普段ならそんな気違いめいたことは思いませんが、なんだか頭の中で調度よくはまる答えがこれしか浮かばないのです。それには39度の熱が少なからず関係しているのだろうとは思いますが。

 さて、どうしたものかと天井と糸を交互に見ていたのですが、糸を持っているとどうしてか引きたくなる性分なもので、欲に負けするりするりと引っ張っていきました。
想像の通り、穴は大きく成長をしていきました。

 すっかり解いてしまうと青空が広がっていて、それはそれは綺麗で見とれていました。
なんていったって、熱が出てからもう3日も空を見ていなかったもんですから。

 しばらくは空を楽しんだのですが、少々寒くなってまいりました。
「お前、天井に戻りたいとは思わないか」と糸の先端に話しかけますと、私の手からするすると空に向かって行きました。
 「天井になってくれるのかい」と喜んでいますと、家なんざ飛び越えて、天高く上ってしまいました。「あぁ……天井」時すでに遅く上げた手は静かに下ろすはめとなり、首のみ上に向けてみると空は灰色になっていた。

 「曇天」

 こうして今日新たに晴れ・雨・雪に加え、曇天が追加された。



え?嘘付きって?知ってるわよ、私が付いた嘘なんだから、ただ曇天が好きなだけよ、だけ。



Copyright © 2010 のい / 編集: 短編