第90期 #13

蹴られた背中

横林栄太は静かにドアを閉めた。
夏至の太陽のように真っ白く怒りの炎は燃え上がっていた。
いつもと同じ道だが栄太は何も見ていないのだった。決めた心に従っているだけだった。
黒猫が道端に飛び出して栄太を見てあわてて向きを変えた。そして、諦めたようにまた暗闇に溶けた。
「黒猫が横切らなかった。これは成功する。裏切り者を抹殺してやる」
狂ったように愉快だった。歩幅が大きくなり肩のゴルフバックの中のドライバーとサンドエッジに挟まれた金属バットがコンコン音を立てた。

「よし、まず、はじめにバットを使おう」
にやりとする。前から来る若い女が目をそらした。

そ知らぬフリの横顔。いい女だなぁ、そうおもいながらすこし静かに歩く。目立たないほうがいい。


コンビニを見て、栄太、ひらめいた。指紋だ。証拠を残してはいけない。日本の警察は不正はしない。そのいい証拠がDNAだ。別人だと証拠が言えば死刑だったのが無罪になる。

寄り道してゴム糊をハンドクリームみたいに薄く塗った。

ひひひ、掌紋も消した手の平べったり。このゴムの薄皮は滑り止めにもなる。いいぞ、とっとと殴って終わりにしよう。

近所のお父さんがゴルフバックをちらっと見た。あのひと明日は新聞を見て朝一番にびっくりするぞ。

それにしても、人が多いもんだな。
こんな時間になっても、……ゲッあれはサユリだ。

ウキウキしてるな、また、惚れたのか? 今度は誰がお目当てだ?

なんど振られても、いい男だとすぐその気になって、……本当に学習しないヤツだ。

オレは違うぞ今日こそはケリをつけにいくんだ。
サユリは気持ちがどこかにすでに行ってしまってるようだ。ここは、なにも言わずにすれ違おうとしたとき
「栄太! アンタどこいくのよう」

ヤバイ絡まれたら動きが取れなくなる。担いだバックがガチャンと鳴って。オレは立ち止まった。
サツキが道をふさいでいるからしょうがない。

「こんな夜中にどこ行くの?」
「え、そんなのどこへ行こうといいだろう」
「あたし、忙しいんだからめんどう掛けないでよう」
「な、なんだよ、なに言ってんだよ」
「アンタ、もらす前の情けない顔してる。もう、十年はミテナカッタ顔だわよう」
「う、うるさいいそがしいんだろ! ささっと行けよ」
「フン。バカ」
そういうとサユリはぶつかってきた。慌ててオレはよける。
すれ違った。とたん、思いっきり背中をけられた。いてぇ!

オレは振り返らない。前に進む気持ちもくじけていた。



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