第90期 #12

はぐるま

 町は全ての色素が抜かれたようだった。影の無い、黒い輪郭線だけが残る、光沢の無い白の世界。梅の花が咲き始めた頃だった。
 電車の座席に座っていた。最後尾、運転席の向こうへ流れる線路は、右に左に忙しく曲がって、林や家、道路の間を縫っていた。
 林の木々はみな白かった。白樺よりもずっとだった。葉の擦れ合う音さえも、空虚さを覚えそうな景色だった。踏み切りや信号も同様だった。影をつくらない太陽は、今どこにあるのだろう。
 景色と線路の並んだ枕木は、一緒に車窓の向こうへ流れていく。全てがのべつ幕無しに流れていく。連続する枕木は白蛇の背中のようにも見える。線路の視界から外れた先で、景色は折りたたまれているのだと思った。世界は直方体の中にあった。その直方体は大きな蛇の上にあった。
 電車は揺れていた。電車が線路の上を跳ねていた。だがまた車窓の向こうを眺めていると、流れゆく線路が電車を跳ねさせているように思えた。線路が電車の下で景色とともに走っていった。車輪が勢いよく回っている。電車と線路に挟まれた車輪が僕をここに止まらせる。景色が僕を置いていく。
 ――そんなようだと思った。影も表情も景色の向こうへ吸い取っていってしまう白の世界はこわい。そう思った。

 流れる景色が速度を落とし、電車は止まった。電車は駅のホームに着いた。小さな無人駅だった。ホームの向こうに見える丘では花見をしている人たちが見えた。出店も並んでいた。
 花見。丘を登ってみる。丘にあった梅の花はみな、きれいに白い。
 写真を撮っている人がいる。梅の絵を描いている人がいる。描かれたそれらもみんな白かった。
 ジュースを並べた出店。小さな魚をたくさん泳がせている出店。気付かなかったがこれは金魚だろう。ビニールプールに浮かんだ水ヨーヨーや、りんご飴の出店もある。色の無い風船はみんな同じように見える。白い卵がたくさん浮いているように見える。それらがみんないつか釣り上げられるのを待っている。りんご飴も同様だ。
 飴屋の横で、大きな花の付いたビーチサンダルを履いた女の子が立っていた。彼女は小さな手で大きな飴を僕に差し出した。白と黒の渦を巻いた棒付きキャンディーだった。

 サカー。ロリポップ。それは君のだろう? 僕はもらえないよ。

 僕は白い花見を終えると丘から駅に戻った。また次に来た電車に乗ろう。空に雲は見えないが、太陽がいつ沈むのかは分からなかった。



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