第90期 #11

見習い魔術師と猫「雨空と猫と僕と」

急に降り出した雨。サメザメと言うべきか、シトシトと言うべきか実に悩ましいほど中途半端な雨。
 また、くだらないことを考えているのかい?
濡れた体毛を酷く嫌そうに体を震わせていた、小さな相棒が僕の空を眺める顔をジッと見ていった。
「君にとってはくだらないことかもしれないけど、僕は真剣に悩んでいるんだよ。サメザメかシトシトか、どう表現すべきかってことをさ」
僕は、こちらを切れ目の目で見つめる彼女の顔を見ながらそう言い、また薄暗い灰色に染まった空に目を戻した。
 そんなくだらない事を考える暇があったら術式の一つでも頭にいれてほしいものだね、彼女は皮肉めいたことを言いつつも、僕のローブに体をこすり付けて濡れた体毛をどうにか乾かそうとしていた。
 でも、それは無理な話だ。僕のローブもびしょ濡れだもの。それこそ無駄な考えというものだと僕は思うのだけれど・・・・・・。
 基本中の基本、炎を操る魔術式くらい早く覚えてくれないと、私としてはとても困るんだけどね。そう、彼女は言う。
 僕は彼女が言うように基本中の基本の術式すら操れないほどの落ちこぼれだ。どうして彼女が、僕の補佐になったのかは、わからない。
 彼女の仕事は僕が立派な善意ある魔術師になるように補佐することで、僕は見習い魔術師だ。
「君は、炎の術式が操れるんだから自分で、火を起こして焚き火をすればいいじゃないか」
という、僕の意見に耳を貸したのか、貸さなかったのかはわからないが、目を細めて顔をゴシゴシとこすった彼女は、湿った枯れ枝を集めて焚き火を起こした。
 猫にも劣る自分が少し情けない。しかし、魔術というのはあせってはいけないというのが、僕の師匠(せんせい)の言葉だ。焦れば、厄災をもたらし、静かな落ち着いた心ならば善なる力となる。いつも口すっぱくいってたっけ。
 僕は空を見て、表現を考えるのをやめ、目を閉じて静かに術式を口にする。
 いつもと同じだ。小さな炎の粒が掌を舞う。僕の魔術はこれで精一杯。
 役にはたたないけど、綺麗だとは思うよ。
 その舞う炎の粒を目を細めて見つめて、慰めるように前足をポンと、僕の腕に乗せる。
 いつの間にか雨は上がり、雲の隙間から差し込む光が掌で舞う炎をより美しく輝かせていた。



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