第9期 #27
「こんばんわ。今日も良い天気だね」
「ええ」
「で、何か面白い話は考えてきた?」
「幾つか」
「聞かせて」
「自信作はこれかな」
「どんなの?」
「人が沢山死ぬ話」
「ふむ」
「街も人も燃えて、全て燃え尽きて、みんな居なくなってしまう話」
「ふむ」
「どう?」
「良いかもね」
「そう?」
「じゃあ早速撮りに行こうか」
「ええ、行きましょう」
二人はビニールジャケットを羽織り、街へと出掛けた。ジャケットは透明で、手にしたビデオカメラは真っ黒だった。ジャケットはフランス古着、二着で四千円、カメラは友達から貰った古い型のもので、ひどく大きかった。
「ここらで良いかな?」
「そうだね」
彼らはビル群の前に立ち、見上げた。
夜空の真ん中に向かって、冗談みたいな規模で伸びている灰色のビル、ビル、ビル。
その中に彼らは一本のマッチを投げた。
細く火のついたマッチが壁に当たり、炎があがる。炎は呆れるほど簡単にビルを飲み込んでいく。夢見るように簡単に、ビルを赤く染めていく。
「燃えているね」
折からの突風が炎をメリーゴーラウンドみたいに渦巻かせた。
大きく音を立て、ビルが一本崩れていく。
「ああ」
彼は答え、カメラを構える。
「何でだったの?」
二人は並んで座っている。映写機はかたかたと回っている。スクリーンには彼らの映画が映っている。
花だ。燃えていく花。
「何でビルを撮らなかったの?」
「さあね」
「退屈な映画ね」
「ああ」
「こんな映画が、賞を取るとはね」
彼女の手からトロフィが滑り落ちる。かたん。小さな音が響く。
「退屈な映画ね」
花はいつまでも燃え尽きることが無かった。背景には何かが、メリーゴーラウンドのような何かが、せわしなく動いている。花は燃え続けている。
あの夜の火災では、誰一人死ぬことはなかった。焼け跡は花畑になり、今では大勢の人が日曜毎にそこへ出掛ける。
「泣いてる?」
「そんなこと無いわ」
「そう」
「そうよ。あなたこそ、泣いているんじゃないの? 後悔しているんじゃないの?」
「そうかもしれないね」
「ねえ」
「何?」
「セックスでもしようか」
「そうだね、でもその前に」
「その前に?」
「映画でも観に行かないか?」
彼らがその後どうなったのか。それは、数本の映画を撮った、というだけに留めておこう。以下に彼らの作品の幾つかを記す。興味があったら探してみてはどうだろうか。
花(03年)
蛇の試行(04年)
メッシュメッシュメッシュ!(07年)