第9期 #26
宅配便で届いた『現地直送夕張メロン』。二千六百六十発、鋼球遊戯の戦利品だ。
包装を解き木箱を開けると、甘い香りが溢れ出る。まだ少し青臭く、食べごろは二、三日先だろう。丁字の蔓は正宗の兜を連想させ、王者の風格をたたえている。俺は神々しい球体を丁重に籐篭に移し、ローボードに載せた。
馬之助はテレビの前に座り込み、夢中でテトリスをやっている。脇の屑篭はすでに山盛りで、こぼれ落ちた煎餅の小袋や、丸めたティッシュが周りの畳に散乱している。
こいつはバカだし、デブで蓄膿で花粉症だから、どうせ高級メロンの高貴な香りなど分るはずもない。
「ひょうひゃん、ひょうひゃん」
バカが前を向いたままで手招きをしている。俺は四つん這いで前に回りこみ指差す方を見た。
鼻から何かが出ている。まだらな灰色で鈍い艶があり、手触りは豆腐のようで饐えた匂いがする。どうやら脳味噌のようだ。
「吸い込んでみたのか」
俺の問いに馬之助は口を開けたまま頷き、身体を伸ばして鞄を引き寄せると工具ケースを取り出した。
「ふぁふぇふぇ」
俺にドライバーを突き出しながら自分の頭を指差している。覗き込むと前・後頭骨の境目にネジが六本付いていた。
「これを開けるのか?」
そうだ、そうだと頷いている。
ドライバーを差し込み左に回すと、ネジはキュキュと軋みながら外れた。ティッシュにネジを並べ、頭の蓋を開ける。脳味噌からは酸っぱい匂いが漂い、方々で白い物が蠢いている。試しに指で押すと、バカは電極を差し込まれたカエルみたいに、手足を反射的に伸ばした。
鼻の裏あたりを適当に引っ張ったら、鼻から垂れ下がっていた脳がずるりと吸い込まれた。
「あぁ、スッとした、正ちゃんありがとう」
風呂上がりみたいな顔で笑っている。
「お前の脳味噌って、なんでひとかたまりになってないの」
「あのね、それホルモンのしま腸だから」
消化器官出身か、どうりで食欲に底がないわけだ。
「ところで、脳味噌腐ってたぞ」
俺はそういってから失言に気づいた。馬之助がローボードの上をうっとりと眺めたからだ。
「バカ、メロンが似合う顔か、身の程を知れ」
俺は馬之助とメロンの間に割って入ったが、頭の鉢を開けたまま真顔でにじり寄ってくる。こいつはバカだから力は強い。
なだめすかして、替わりの脳味噌を買ってやることで諦めさせた。
いま『正直ストア』のレジには、カリフラワーを手にしたバカが並んでいる。