第9期 #24

祖母の話

 私の祖母の母親という人は、七つの年から子守に出されて、学校へは行けなかったそうである。
 奉公先は、当時としては当然だったのかも知れないが、思いやりのない家であった。たとえば、家族が皆でお八つを食べるという時にも、子守だけは赤ん坊を背負わされて外に出されてしまう。
 食べ盛りの頃にそういう経験をしたので、嫁に行って小作人・手間取を使う立場になってからは、彼らによく気をくばった。
──よそに働いてる奴はな、何時でも、食いでと思ってるもんなんだ。
と、法事の引出物に大きな落雁、七つ八つも貰うと、一個を半分にして、幼い祖母に持って行かせるのであった。子供たちはまだ小さいので、同じ一個を四つに割って与えられた。総じて、
──うちで働いてくれてる人は、大切にしねくてなんねんだぞ。
という考えだった。
 手間取の中に、祖母の一つ年上の少年が居た。自分は毎朝田圃へ行くのに、祖母は学校へ行くのを見ながら、お前は良いなあ、といつも言っていた。
 やがて彼は兵隊に取られ、帰って来て、闇屋になった。物の無い時代で、大変儲かった。ある日突然、隣村へ嫁いだばかりの祖母の所へやって来て、ちょうど麦刈から帰ってきた祖母が驚いて、あやあ、あんだ何しさ来たの、と問うと、
──お前、誰か、会いで人ねえか。
 しみじみと言うので、ああ、俺、姉ちゃんに会いでなあ、と同じく少し離れた在所に嫁いでいた姉を懐かしむと、
──ほしたら、俺が連れてってやっから。
と事もなげに言う。
──今から行ったら、晩げになってしまうもん、ここの人に怒られてしまうっちゃ。
──車で行けば良いべ。
──車なんか、どこに有んの。
──俺が運転すんのさ。
 彼は車の免許を取って、当時ではごく珍しい自家用車まで持っていた。田圃の中を飛ばして、昼休みのうちに向こうに着くと、
──俺は一寸用が有っから。一時間したら、また来る。
と彼はどこかへ行ってしまった。
「姉ちゃんも、あいやあ、お前、なじょして来た、って、んっと喜んでくれて、二人でモンペ穿いたまま、縁側に座ってお茶飲んでお話して……あん時の事ァ、死ぬまで忘れねと思うなあ」
 私が、きっとその人は、婆ちゃんの実家で良くしてもらった事を恩に感じていたんでしょうね、と訊いてみると、んだべなあ、と肯いた。
 本当はもっと美しいおもいが秘められていたのかも知れない。しかしそれは物書きの余計な妄想というものである。私は口にするのを憚った。



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