第9期 #23
午後からの雨は、本降りになった。一応傘は持ってきたけれど、降りがおさまるまで少し待とうと思う。職員室には、同じような考えの教員が何人かいる。皆、暇つぶしに仕事をしていた。
窓の向こうに生徒達が見えた。傘を持っている者、持っていない者。生徒がひとり、校舎の端で迷い、そして鞄を頭に、駆けていく。私はそれを目で追っていた。
隣の席の国語教師も窓の外に目を向けている。参ったな、という困り顔。傘を持ってきていないのだろう。駅までなら送っていってもいいのだけれど、そう気が合うひとではないから少し迷う。私はほとんどやることをなくし、ただぼんやりと窓の外を眺めている。
窓の外、ひとりの女生徒に目を引かれた。彼女は特別美人というわけではない。何をするでもなく、でも彼女は存在感があった。彼女は同じ生徒達からは妙に慕われていたが、私達教師からは妙に嫌われていた。
……いや、怖がられていた、のほうが正解だと思う。私も彼女が怖い。よく一人でいて……、彼女はひとりが怖くない人間なのだろう。問題児、と誰かが言っていた。
校舎の端で、彼女は足を止める。雨が降っている。その雨を、彼女は静かに見つめる。傘を持っている気配はない。別の女生徒が彼女に声をかけたが、彼女はにこっと笑って、ただ手を振った。
手を差し出し、雨に触った。
微笑み、それから、すっと歩き出した。
雨は彼女を濡らす。服を濡らし、ブラウスとTシャツ越しの下着を透かす。彼女はかまわず歩いていく。憂鬱そうな足取りではない。むしろ楽しそうだ。少し顔を上げ、雨を見つめ、また少し微笑む。歩いていく。鞄を掲げもしない。たぶん、それが彼女のあたりまえなのだろう。
「傘、持ってます?」
「え? あ、いえ。……どうしようか」
「じゃあ駅まででよければ」と私は軽く傘を持ち上げてみせる。
「え……、えーと、じゃあ、お言葉に甘えて」
私はもう、彼女のようにはなれないだろう。彼女のようになりたいとも、もう思えない。
だから、と言うわけではないけれど、私は隣のひとを巻き添えにして、傘をさして帰ることにした。