第9期 #21

108ピース


あの日は雨が降っていた。

目を覚まし、歯を磨いて顔を洗った。時計は午前9時20分をさしていた。体操しようと思ってアパートの扉を開けると小包が置いてあった。持ち上げてみると、切手は貼っていないし、運送会社のマークもついていない。宛先は間違っていないけれど、名前は別の誰かになっている。

大家さんに電話で問い合わせた。「ああ、彼は今から10年前に君の部屋に住んでいたんだよ。フリーのカメラマンをしていると言っていたな。わしの写真なんかも撮ってくれた」と大家さんは言って「交通事故で亡くなってね」と付け足した。

礼を言って電話を切り、小包を押し入れになおし、昼から夕暮れまで机に向かって仕事を片付けた。短編小説を書くことが仕事で、副業にバーテンダーのアルバイトをしている。

夕食の時間が近くなったので冷蔵庫を開けるとごぼうと牛肉とえのきだけしかなかった。仕方なく牛肉ごぼう御飯をつくることにした。米を研ぎ、だんだんひどくなっていく雨の音を聴きながらごぼうの皮を剥いてえのきだけの根元を切り落とした。

このアパートを借りて4年になる。風呂なし、六畳、四畳半、それに台所がついて2万円という家賃が気に入っているが、世間の人は風呂なしの木造住宅を好まない。住みはじめてから今日まで、アパートに自分しか住んでいないこともあって、まるで持ち主のような気分になっていた。だが、かつてこの部屋にも人が住んでいたことがわかった。交通事故で亡くなったカメラマンも、この台所で米を研ぎ、包丁を握ったのだろうか。

食事を終えると眠気に襲われて、寝た。真夜中にすさまじい風の音で目が覚め、それから眠れなくなってしまった。しかたなく台所へむかいコーヒーをいれた。

不意にあの小包が気になった。沸き起こる好奇心を押さえられなくなって、開けることにした。

中には108ピースのジグぞーパズルと108ピース用の額縁が入っていた。コーヒーを飲みながら組み立てることにした。


新しい友人が来るたびに、このパズルの話をする。いったい、誰が何のためにパズルを届けてくれたのだろうか、と。

真相はわからない。ただピーターラビットのジグゾーパズルを送ってくれた誰かに感謝したい。その晩パズルを組み立てながら、「なんだ、人生なんて108ピースのパズルじゃないか」と思ったことを今でも覚えている。その日まで、小説家として生きていく自信がなかったから。



Copyright © 2003 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編