第9期 #2
夕方のバス停にナオミは立っている。雨の中で傘もささずに。
自分の乗るべきバスを、もう何台見送ったろう。バスは十数分に一度しか来ないのだから、いい加減に次のバスには乗らなければ……。そう思っても体が動かない。
びっしょりと濡れたセーラー服の襟元から、冷たさを増した空気が忍び込む。ナオミの体はすっかり冷え切って、カバンを持つ手にも感覚がなくなっている。
高校三年になったばかりの十七歳。そう、まだ十七歳。誕生日の夜に、このまま永遠に十七歳でいたいと思った。十八という数字は嫌いだ。それ以上の数字は自分には似合わない。
永遠の十七歳……。ナオミは思わず笑いそうになる。でも、もう既に表情さえうまく作れない。待っている間に、ナオミの総ては冷たくなっていくばかりだ。
待っている? 一体何を?
もう、それさえも定かではないほど、長い時間、ナオミは待っていた。誰もナオミのことなど気にしない。何人かいた客は、目当てのバスが来ると、さっさと乗り込んでいってしまう。そしていつのまにか、バス停にはナオミ一人きり。
ゆっくりと白い小型車が停まる。車体の横に書かれているのは、地元では大手の薬品メーカーの名前。
「送っていきますよ、この雨じゃ風邪をひいてしまう」
助手席のウインドーを開けてそう言う男は、まじめそうな、ごく普通の中年のサラリーマン。
「早く乗らないと、車の中にまで雨が入り込むよ。遠慮しないで」
大きく開けられたドアの中からそう言われ、ナオミは嬉しさのあまり、久しぶりに生気を取り戻す。
殆ど失いかけていた記憶、自分がどうしてここにいるのか、何を待っていたのか、はっきりと思い出す。
バス通りとは言っても、学校の裏の寂しい場所。まして雨の日の夕方なら人通りは少ない。傘を持たずに濡れている女子高生は、親切に声をかけられたら車に乗ってしまう。社名を明記した営業車であることに、つい油断して……。
サンプルの麻酔薬が車の中に隠されていることなど知るはずもないし、自分がそのまま山の中に連れて行かれ、殺されてしまうなどとは夢にも思わずに。
待っていた甲斐があった。完全に向こう側の世界に行く前に、再びこの男に会えた。一緒に連れて行くのだ、この男も。
恨んでいるからではない。愛してしまったから……。
ナオミの顔を思い出したのだろう、驚愕の表情を浮かべている男に微笑みかけながら、彼女はゆっくりと車に乗り込む。