第9期 #17

源平呪留記

 後白河の御時、位人臣を極む平清盛入道、熱病に罹りたり。比叡より冷水もて参れども、忽ち湯となす。
 火も温泉もなき処に湯ありとて、伊豆の源頼朝、大ひに嘲る。父の仇なれば、さもありなん。敵将の子なれど幼しとて、頼朝赦し、伊豆北条時政に預けたは、入道、一世一代の大うつけなり。
 京の以仁王、平家討たんとて起つ。頼朝応じて挙兵すれば、北条伊豆、機と見て従ふ。王、返り討ちにさるゝも、頼朝死なず。あまつさへ、初陣にて平家が軍勢をば破りたり。

 入道、頼朝の首、墓前に供えよとて往生す。遺児宗盛、維盛、知盛、束となりて平家の切り盛りせんと励めど、武運拙し。頼朝が異母弟九郎義経、平家追ふ。一ノ谷、讃岐屋島、とゞめは海戦、壇ノ浦。
 高倉帝が后、建礼門院徳子は入道が娘なり。兄ども、弓矢尽き果て、鎧のまま海に飛び込むを見るや、御子の安徳帝を抱き、海の都に参りませうとて、後追ひたり。海の都、人の姿にては行けず。波間のうちに蟹に変じたり。世に平家蟹といふ。恨み忘れず、かにかに堪忍できぬとて、後生泡ふきて怒れり。
 徳子、死にそこなひて尼となれり。坊主なれば生臭は食さず。身内口にせぬは幸ひなり。

 頼朝、有頂天を極む。鎌倉に鎮座しままに京へ入らず。後白河が御影おそるる気色あり。崩御に高笑ひすること限りなく、しかして征夷大将軍となりぬ。
 人呪はば穴二つ。頼朝、武家の棟梁にあるまじき落馬し、あまつさへ落命す。手足の痺れゆゑの失態なるや。今際に浮かぶは九郎なるらむ。平家亡くばいらずとて追ひし九郎義経、みちのく平泉衣川にて腹切りたり。頼朝、白き目むきつつ、奴の呪ひなるかとて、泡吹きて逝きたり。頼朝最後の晩餐、それすなはち蟹なり。
 義経、死にたる振り袖。衣川抜け、北へ行けり。祖国にて生きるは叶はぬとて、大陸の土となるらむと覚ゆ。髷、辮髪に結ひ直し、蒙古の地にて獅子奮迅に掠め、成吉思汗と名乗りて皇帝と号す。
 その遺言、ただ故郷に帰らんと欲す。側の者ども、そはいずこなるか知らず。

 その孫、忽比烈なり。祖父の仇討ちと知るや知らぬや、黄金満ちたるときく島国、掠めんと画す。対馬壱岐をば蹴散らし、博多に入れども、神風吹きて、船悉く砕け散る。木つ端にすがりし蒙古ども、命からがら呂栄に流れ着けども、泣き面に蜂ならぬ蚊、熱もちて悶え苦しみ、死にたり。蒙古どもが恨み骨髄、怨霊となりて呪ひぬ。倭国を統べる者、我等と同じ様にて死ねとぞ。


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