第9期 #16

眠り姫

 僕の彼女はとてもよく眠る。僕は悩み事があったりすると眠れないタチだから、彼女がとても羨ましい。こないだも、こんなことがあった。
「もしもし、ルミー」
「名前が出るから、わかってるよ」
「明日なんだけど、渋谷に十時だよね?」
「あ、ごめん、明日行けなくなった」
「え? なんで?」
「仕事」
「えー、だってこないだはダイジョブって言ったじゃん」
「今日、課長に急ぎの仕事頼まれちゃって」
「えー、マジで?」
「うん」
「それならもっと早く電話してよぉ、エミに誘われたのに断っちゃったじゃん」
「あ、ごめん」
「いっつもそうなんだもん」
「お前だって、ドタキャンすることあるじゃん」
「そうだけどさぁ。アタシは自分から言うじゃん?」
「そうだっけ?」
「そうだよぉ、ユウジはアタシが電話しないと言わないじゃん」
「そんなことないよ」
「今日だって、アタシが電話しなかったら、どうするつもりだったの?」
「ちゃんと電話しようと思ってたよ」
「ホントに?」
「本当だよ」
「ウソでしょ?」
「なんでだよ?」
「なんとなく」
「なんだよそれ」
「だって、なんとなくそんな気がしたんだもん」
「あっそ」
「……明日は何時頃まで仕事なの?」
「わかんないよ。なんで?」
「仕事終わったら会える?」
「多分無理」
「早く終わりそうもないの?」
「わかんないけど」
「早く終わらせてよ」
「うん」
「全然思ってないでしょ?」
「思ってるよ。早く終わらせるように努力します」
「ウソ」
「嘘じゃないよ」
「ってゆうか、ホントに仕事なの?」
「仕事だよ」
「ホントに?」
「同じこと何回も言わせんな」
「だって」
「だって、なんだよ?」
「……」
「なんか言えよ」
「……」
「聞いてんのかよ?」
「……」
「おい」
「……」
「怒ってんの?」
「……」
「ねぇ?」
「……」
「ごめん」
「……」
「謝ってんだろ」
「……」
彼女はそれっきり何も言わなくなった。僕は不安になった。電話を切って、何度もかけなおしたけど、彼女は一回も出なかった。
結局、眠れないまま朝を迎え、ウサギのように赤い目で出社した。でも、彼女のことが気になって仕事が手につかず、煙草の本数ばかり増えた。
昼休みになって、携帯にメールが届いた。ルミからだったので、急いで見てみると、

昨日はごめんね。携帯持って寝てた。起きたらお昼。十二時間も寝ちゃった(照)

思わず、「寝てたのかよっ!」と携帯に突っ込んだ。
 それにしても、なんで彼女は気まずい雰囲気のときに限って寝ちゃうんだろ。


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