第89期 #6
「もうすぐ春だね」
「そうだな、あと二週間もすれば高校生だ」
軽く笑う少年。
「何か、変わっちゃいそう」
不安気に眉を下げる少女。
「でも、桜と俺は変わらないだろ?」
「うん。大地と私は、きっと変わらない」
桜は微笑んだ。
手と手を繋いで微笑み合う。
「・・・もう夕方だね」
「早いな、時間が過ぎるのは」
「うん、すごく早かった・・・」
桜は悲しそうな顔をした。
「どうしたんだよ、また明日会えばいいんじゃん。
そうだ!明日は丘に行こう!」
「あの緑の丘?」
「そう!あそこから見るこの町はすごく綺麗なんだ!
桜が満開で、桃色に染まったみたいで!」
大地は満面の笑みを浮かべた。
「・・・じゃあ明日、あの丘に連れて行ってくれる?」
「もちろん、約束な?」
そう言って、二人は指切りをした。
「じゃあ、また明日な!」
大地は桜に手を振る。
「うん、また明日」
大地が帰路に着く。
すると、後ろから桜の声。
「・・・大地」
「ん?どうした?」
大地は振り返る。
「・・・バイバイ」
手を胸の位置まで上げて、手を振る。
「また明日!」
大地は別れを告げた。
翌日、大地が丘に行く準備をしていた時。
プルルルルル・・・。
空気を裂くような音が響いた。
「もしもし・・・あ!桜の母さん!」
久しぶりに聞いた桜の母の声。
「どうしたんですか?・・・え?」
鼓膜に響くのは、受け入れ難い言葉。
「桜が・・・死んだ?」
昨日、桜は事故にあった。
背中を強く打ち、意識不明の重体。
やっと意識を取り戻して最後に言った言葉。
「丘に、行きたかったな・・・」
それだけだったそうだ。
桜の死から二週間が経った。
あんなに楽しみだった高校生活が、辛い。
気づけば俺は、あの丘に来ていた。
町は、桃色だった。
それを見て、大地は瞳から涙を溢れさせた。
「っ・・・・桜・・・!」
大地はしゃがみこみ、声を上げて泣いた。
哀しみが、次から次へと押し寄せてくる。
「桜・・・」
大地の小さな呟き。
そこに一筋の風。
大きな音と大きな力を受けて、目をつぶる。
目を開けると。
「・・・桜?」
愛しい人が笑顔を湛えて、立っている。
桜は大地に近づき、呟く。
『バイバイ。大好きだったよ』
そう聞こえたと思えば、もう桜は居なかった。
桜の言葉が、まだ鼓膜を震わせている。
不思議と、もう涙は溢れてこなかった。
大地は空を見上げる。
壮大な青が、延々と続く。
まるで、大地を優しく包みこむように。
それは、桜に似ていると思った。
「・・・バイバイ」
大地の声は、空に溶けて行った。