第89期 #7

カツオ

 二月! 男子がそわそわする季節!
 放課後の教室に女子が二人。一人は南飛鳥。容姿端麗、頭脳明晰。桜中学が誇るマドンナ! もう片方は藻部伽羅子。典型的な友人A!
 密談の最中、急に飛鳥が声を荒げた。
「私、カツオが好きなの!」
「ちょっと飛鳥、誰かに聞かれてるかも」
「大丈夫よ。誰もいないもん」
 だがいた! 掃除用具入れに身を潜めたシノビがいた! 酢羽井忍。プライドを売って情報を得ることを悦びとする陰険な男だ!
『南飛鳥はカツオが好き』
 この情報は翌日のうちに学年中の男子が知るところとなった! カツオとは何か。その謎を解いた者が飛鳥からのチョコレートに近づくのだ! どうせサザエさんのカツオでしたーっていうしょーもないオチなのに、男達は動き出した!
 まず一組のカツオこと井園克雄。カツオの最有力候補だ! 克雄は「オレのこと好きなんだろ?」と言いながら飛鳥に抱きついて引っぱたかれた! 克雄の失敗は男達に勇気を与えた!
 次にイタリアから来たピザ野郎ことピエトロ。彼はイタリア人ならではの答えに至った。カツオとはすなわちカッツォが日本語風に訛った言い回し。Cazzoすなわち男性器の卑猥な言い方! ピエトロは下半身露出して飛鳥に抱きつき、引っぱたかれた上に親を呼ばれた!
 そして三人目、タカシ君こと平岡崇。彼は尊い犠牲の上にどう考えても最初に思いつく結論に落ち着いた! 曰く、南飛鳥は、鰹が好き。
 崇は悩んだ末にタタキを諦め、鰹節を買ってきた。しかも伊豆の田子節!
「これ、あげます」
「なに?」
「鰹節です。あとカンナ。これも使ってください」
「……ありがとう」
 飛鳥は素直に受け取った! のみならず何かお返しをしなくてはと、ちょうどカバンに入っていたチョコレートを崇に差し出した!
「あっ、あっ、あり、あり、ありがとう!」
 カラカラに干上がった口からようやく礼の言葉をはき出すと、崇はスキップで出て行った。崇は手に入れたのだ! 女神からのまだ早いチョコレートを!
 そう、今日は二月七日。バレンタインまであと一週間!
 浮かれ騒ぐ崇を冷ややかな視線が捉えていた。
「フン、あんな義理にもカウントできないチョコが何になるって言うのかねぇ」
 ミスターイケメン・池麺男! そしてツインイケメン・双呉兄弟! さらにイケメンのリーサルウェポン・斎主宇平希!
 繰り返す! バレンタインまであと一週間! 戦いはまだ始まったばかりなのだ!



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