第89期 #2

吸血鬼マイク

「死か、永遠の命か、好きな方を選べ」
この館の主であるマイクは、羽織ったマントを大きく広げると、面前で座す娘に問いかけた
「ならば私は永遠を望みます」
「そうか……」
そう言って、マイクはゆっくりと娘に歩み寄った
「もし私が吸血鬼ではなく人間で、お前と同じ立場だったとしても、私はお前と同じ答えにするだろう」
娘の後ろまできたマイクは、その口を耳元に近づけると「用意はいいか?」と尋ねた
「……は……い」
恐ろしそうに返事をする娘
そしてマイクは、はだけさせた娘の肩にむかって貪る様に牙を突き立てた
一瞬、痛がる素振りを見せた娘だったが、針や牙は皮膚を貫いた時が一番痛いのか、すぐに表情から力みがとけていく
娘は何に恐れていたのか。それはこれから自分が人間ではなく、魔物になって生きていく事への不安や辛さからだ
「終わったぞ」
「もう……ですか?」
「そうだ。お前はもう……」
羽織ったマントを大きく広げて言う
「魔の物だ」

「フラン!」
「はっ」
フラン。マイクの召し使いである
「教えてほしい事がある。元は人間であるお前の意見を聞かせてくれ」
「わかりました」
「まず、人間がこの魔界で生きていくにはどうしたらいい?」
「人間のままでは瘴気に当てられ死んでしまいますので、魔物になるしかありません」
「魔物に寿命はあるか?」
「495年間、この魔界で魔物の死体を見た事はありません。今の所、魔物が死ぬには異世界へいく方法くらいしか……」
「異世界へいくと?」
「その日のうちに死にます。人間も魔界では死にますので、同じ事が言えます」
「では人間のまま人間界に帰ればいいのでは?」
「それができたら私も……」
言いかけて慌てて口を塞ぐフラン
「し、失礼しましたっ」
フランを魔物にしたのは他でもないマイクである。主にむかって責任を取れとも取れる発言をしそうになったのだ
しかし、彼女の失言に対してマイクは、むしろ笑ってみせた
「私も自分の世界が好きだ」
「す、すみません……」
「いや、続けて答えてくれ。なぜ人のままでは帰れない?」
「人が魔界にきたら人間界は異世界です。恐らく、異世界にいくには異なる存在になる必要があるのだと思います。事実、私も魔界に迷い込んだ時、すぐに出口を見失いました」
「鍵は自分自身という事か。……私は今でも信じられん。遥か昔、マキという王女がいたが、奴はなぜこの世界で人のまま死を選んだ?」
「……人間の気持ちなど、とうの昔に忘れてしまいました」



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