第88期 #9
アレリア城に王女として産まれたマキは、テラスから月を眺めていた
綺麗な満月だなあ、と心にもない事をぼやく
こんな日は、何かいたずらをしてみたくなる
好奇心旺盛、無鉄砲、トラブルメーカー 人はマキの事をそういう目でみる
その通りだった
月の下には大昔から立ち入りを禁止されている秘境、天の森があった
切り立った崖の上に位置するその森には、様々な言い伝えがあった
入ったら二度と戻れない、魔物の住み処、地獄への入り口などが主である
大変危険な為、森を繋ぐ細く長い坂の前には番人が一昼夜見張りをしている程だ
その坂が、遠くから眺めると、大地と森とを繋ぐ一本の柱の様に見える事から天の森と呼ばれているらしい
あそこにいこう マキはそう思った
坂に着くなりマキは邪魔な番人をそそのかす
「パパが『君は毎日頑張ってて偉いから褒美を授けよう』だって」
「本当ですか!? いやっほー!」
番人は城へと駆け出した
森の入り口まできたマキは思った
遠くから見た時の淡い緑と違って、暗澹として不気味だと
背筋にぞわりとした悪寒が走る
所詮は昔の人の戯言だと自分を慰める
すぐに戻れば大丈夫 マキの頭にはずっとそういう考えがあった
だが森に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった気がしてすぐに後ろを振り返った
信じられなかった 来た道が様変わりしていた
マキは既に森に迷っていた
押し寄せる後悔を振り払う様に引き返した
走って、走って、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら出口を目指した
行けども行けども同じ道が繰り返した
どうして、私は一歩しか森に入っていない筈なのに
絶望に耐えかねて、マキは遂にがっくりと膝を落とした
「……それにしても、レミリアだったか」
豪奢な椅子に座った男が言った
「あの女がしっかり人間共に釘を刺すものだから、すっかりこの魔界も閑古鳥だ」
「あら、100年も人を退けたのですよ? 人間にしては凄い事では?」
男に寄り添う少女が言った
「こちらとしてはいい迷惑だがな」
「マイク様、人間の欲の深さが移ってますわ」
「ふ……。久方ぶりの食事だ。フラン、連れて参れ」
「はい」
男はマキを館に招くと淡々と状況を説明した。
人間は魔界では長く生きられない事 魔物である自分達も魔界を離れたら1日しか生きられない事 そして、元の人間界に戻るには魔物になるしかない事 つまり……
「お城に戻るには死ぬしかないって事?!」
マキはそう聞き返した
「1日だけなら猶予はある。さあ、選べ」
「私は……」