第88期 #8

窓という名の映画

 落ち着いた赤い色の幕が音を立てて開いた。そこに映るは初めての光景。同じものは二度とない。
 街がゆっくりと姿を変える。木造で二階建ての古い家屋は見る見るうちに解体されてなくなり、アスファルトで舗装され平らで黒光りした土地になる。あちらの広い空き地には細長いビル、こちらのつい最近まで草が生えっぱなしだった空き地には継ぎ接ぎだらけの家。何処かしらで工事している。
 人は絶えず流れていく。道を行く人々。ブリーフケースを片手に今から仕事場へ向かう人。足早に家路を急ぐ人。ジャージ姿で散歩をするお年寄り。赤いバイクに乗る郵便配達の人。前掛けをしたまま回覧板を持ってくる女性。花壇に水をまく人。
 動物たちも動き回る。チョコチョコと地面を跳ねる雀。塀の傍の餌を啄ばむ鳩。電線の上に止まり鳴く烏。その巣から滑空する燕。葉のすっかり散った枝にぶら下がる蓑虫。瓦屋根の上で眠る猫。小屋で家主の帰りを待つ犬。巣を張り巡らし獲物を狙う蜘蛛。息を潜めて壁と同化する蛾。
 空は脈打つごとに移りゆく。朝日が昇り夕日が沈む。月は満ちては欠け、星は瞬く。雲は泳ぎ、雨粒は数え切れず、雪が舞えば、銀世界。信号が照明になる街は舞台。
 春が咲き、夏が踊り、秋が笑い、冬が歌う。
 こちらとあちらを隔てる透明の壁。窓で切り取った世界が映画になる。台詞も音楽もご自由に。主演の蝶はまだ現れない。



Copyright © 2010 近江舞子 / 編集: 短編