第88期 #7
「ねえ、ヒトってどんな味がするのかしらね?」
白い皿に盛られたローストビーフを前にして、付き合って一年たつ彼女が楽しそうにいった。
うん。そうだね。ありきたりな返事を返す前に、はたと気づく。今、彼女はとんでもなく恐ろしいことを言ったよな?
「あなたはどう思う?」
「あ、ああ。そうだな」
あわてて言葉を探す。どう切り返せばいいのやら。気のない返事はしたくない。でも、こんなアブノーマルな会話を食事中にはしたくない。ふと、スプラッタ映画ばかり見ている友人の言葉を思い出す。これだ。なるべく自然に言った。
「石榴みたいな味がするらしいね。」
「へえ。」
彼女は機嫌よく笑った。ほ、と彼女に気づかれないように溜息をつく。後は、昔食べた石榴の話をしてこの話題から離れていこう。
「それで?」
彼女がワイングラスを傾けながら言う。
「石榴ってどんな味がするの?」
思い描いた通りの反応に、気をよくした。そうそう。このままこのまま。
「甘酸っぱい?のかな。昔、実家でたべたんだけど。おいしかったよ。果肉が真っ赤で、とてもきれいなんだ。」
「食べたことあるんだ。」
感心したように彼女は言った。しかし、彼女はフォークをさまよわせながら続ける。
「でも、それって似た味がするだけでしょう?甘酸っぱいのは血。じゃあ、肉は?どんな味がするの?歯ごたえは?」
頭を思わず抱えた。困った。まさかこんな子だったなんて。あの奇特な友人もそこまでは話していなかった。実際に食った奴なんてもしかしたら居るのかもしれないのだけれど、当然、僕の知り合いにそんな奴はいない。
「さ、さあ。どうなんだろうね?食べたことないから、僕は分からないな。」
彼女は不満そうに唇をとがらせて、ローストビーフをフォークでつつく。
真っ赤なネイルが照明を反射してきらりと光った。言葉が見つからなくて、ローストビーフを口に運ぶ。なんだか不思議な味がした。高級な店の味だろうか?
彼女が行きたいとねだったから来たのだけれど、庶民の僕にはマックの方が美味しく思えた。
「私は、料理のことを聞いているのよ?」
「は?」
「だから、貴方の食べてるものの味についての感想を求めてるの。」
え、と固まる。上手く飲み込めない。咀嚼をやめて彼女の顔を見た。
「鈍いわね。だから、貴方の食べてるそれ、ヒトの肉よ。」
私、ずっと食べたかったけど美味しくなかったらい嫌だから、貴方が食べるのを待っていたのに。
彼女は不満そうに言った。