第88期 #3
僕は海が怖い、なんだか引きずりこまれてしまうのではないかって思う。
夜の海はさらに怖い、なんだか宇宙に放り出されてしまうみたいだ……でも僕は海に出る、だって漁師だから。
怖い、止めたい、怖い
でも僕は海に出る、だって人魚がいるから。
姿を見るだけ、声を聞くだけ……手を繋ぐだけ、そのときだけは人魚に手があってよかったと思う、半分魚なのに手を残してくれた神様は、人間が好きなのか嫌いなのかよくわからないけれど。
人魚は陸に上がっていられないと言う、「焼き魚になってしまうわ」と、笑って言う。
「じゃあ何故今こうして手を繋いでいるの?」そう聞くと「月は私の友達なの」と笑顔で答えた。
ある日、僕は人魚と約束をした「明日、待っていて、今日のように」人魚は「わかったわ」と笑いかけた。
人魚は次の夜、ずっとずっと待っていた、大切な人を待っていた。
でも彼は来なかった。
人魚は何度も月にお願いをした、「もう少しだけ待っていて」と「太陽さんにもう少し寝ていてもらって」と……でもその願いは叶わずに、太陽は起き、月は眠り、空は青々と、海は透け、人魚の肌はたちまち黒ずみ、ただれて美しい肌が見るも無惨なものへ変わっていった。
そんなことも知らずに、僕はただひたすら月を捕まえようと走りまわっていた、いつか人魚が言ったから「月とこんなふうに手を繋げたら……」だから月をプレゼントして、喜んでもらおうと思った。
そして「愛している。」と言うつもりだった。
けれど思ったより月は遠くてどれほど歩いても、ちっとも近付けなくて……歩いて歩いて、夜があけて月はとうとう見えなくなった。
人魚は想い人に声が少しでも伝わればと歌を唄っていたが、声はしわがれ、もとの美しい歌声は失われていた。
焦った、焦って、走ってでもあまりにも遠くて、人魚のいる海にたどり着く頃にはもう太陽が眠りにつこうとしていた。
そこに人魚はいなかった……あの美しい人魚はもういなかった。
あるのは、見たことのない干からびた「何か」、その「何か」には人魚と同じブルーの鱗がついていて、それを人魚と認めたくない僕に唯一人魚だと示唆していた。
泣いた。
泣いて。
涙は枯れて……
鱗を粉にして
飲んだ。
みるみる体に鱗が出来、あんなに怖かった海が急に恋しくて、飛び込んだ。
僕は……