第87期 #7

硝煙を思う

仕方のない人が仕方ない顔してやってきた昼下がり、君は安心してベンチで寛いだ。仕方のない人は手持ち無沙汰を紛らわせようと煙草に火を着けて白い煙をフーッと秋空へ散らした。君はそれを見て運動会を連想した。
君は運動会で先生達が持っていた小さな鉄砲が鳴らす乾いた銃声のその後に僅かばかりに立ち上る硝煙、それを眺めるのが好きだった。クネクネとした細身の煙だが存在感がしっかりとしていたからだ。その存在感は硝煙そのものだけで形作られているものではないと暫くして君は気が付いた。
あの銃声の後にゆらりと立ち昇る事に静と動を感じていたんだと当時を振り返る。銃声が鳴る前の緊迫感は静だったし、その後に巻き起こる周囲の歓声は動だった。表裏一体である静と動に私は魅了されていたんだ。と君は思った。
仕方のない人は「なんだか寒くなってきたもんだねぇ」と相変わらず言っても仕方のない事を口にして二本目の煙草の煙を先ほどと同じように吐き出していた。君は再び思った。「この人自身は静だけどこの煙草の煙の吐き出し方。フーフー言ってるこの吐き出し方は動だ」仕方のない人は黙々と吐き出している。
君は聞いた。「なにをそんなに焦っているかのような吐き出し方なのよ」仕方のない人は言った。「早く暖かくなるようにね、こうやってフーッ。吹き飛ばそうとしているんだよ、季節を」君はそれは難しいよねと内心思いながら「でも早く寒くなりそうですね。冷ましてるみたいだもの。そのフーッていうの。熱い季節を冷ましてる感じ」と答えた。仕方のない人は「なるほど。確かにそうかも。じゃあ冷ますだけ冷ましたら、次はハァ〜だな」と顔が綻んだ。

ハァ〜もフーッも実は温度的には一緒なんだけどな。と君は思ったが、それは野暮だなと思い口にはしなかった。「ハァ〜か。だからため息が増えるのかこの季節は」仕方のない人はなんだか勝手に納得したらしい。君はその呟きを眺め、手元にある煙草の煙に目を向けた。細長く立ち昇り続けるその煙よりかは硝煙の方が、匂いも含めてなんだか風流なんだよなと改めて硝煙を思った。



Copyright © 2009 菊尾 / 編集: 短編