第87期 #6

手紙

君がこの手紙を読む頃、俺は死んでいるだろう。

君と会った時、俺の心に一つのオアシスが生まれた。18歳の春、君と初めて出会った場所は陸軍兵学校だった。見た瞬間に俺は君に一目ぼれをした。学校一のマドンナと評判だったな。
20歳までに、君には男が群れていたが、誰一人として相手をしていなかった。君は知らないだろうが、男の中には、君と付き合った人に対して金を出すというやつもいたほどだ。
22歳になるころには、そんな君に誰も手を出すことはなくなっていた。そんなとき、俺は思いきって君に告白をした。すんなり「良いよ」って言ってくれた時の気持ちは、今なお色あせることがない。
少しはにかむ君の写真を、この手紙を書いている最中も見つめている。横にいるやつが少しばかしうらやましそうに見ているのは、公然の秘密だ。
この写真を撮った直後、俺たちは陸軍砲兵隊へ配属された。今なお覚えてる、あの硝煙の煙、におい、模擬弾戦で勝った時の高揚感…そのすべてが、俺と君の記憶の中にあるんだ。

それから5年と経たない間に戦争が始まってしまった。俺たちはどこまでも一緒にいていた。野戦、市街戦、遭遇戦…数々の戦いの中でも、俺たちの腕は磨かれる一方だった。あのころが、俺にとって、一番幸せな時だった。君にとってどうかは知らないが、あの顔を見る限り、俺と同じような気持ちだったんじゃないのかな。
俺は、君といること自体が、一番安らぐ時間だと気づいていた。上司もそれを知っていたからこそ、俺たちを引き離すことをせず、さらには砲術士官として二人とも重用してくれた。
しかし、戦争とは別れることが基本。そんな俺たちにも別れが訪れた。たった1枚しかないその手紙が、俺たちの生死すら分けた。君はその手紙を持って本土へ帰って行った。俺はその場に残り続け、司令長官参謀として活躍を続けた。
さらに半年が過ぎたころ、俺たちの軍は相手と一進一退を続けていた。長官もいよいよ最期を覚悟しての突撃をかけるべきかどうかを大本営と調整を続けている。その時、本土が爆撃を受けたことを知った。君がいるはずの町が、君が避難するはずの場所が、襲われた時のショックは、計り知れないものがある。

翌日、最後の大攻勢に掛けることを長官に具申した。俺ももうすぐ全員と道をともにするつもりだ。

最後になったが、君には感謝している。

少しの間だったが、一緒にいてくれて、本当にありがとう。
そして、さようなら。



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