第87期 #5
格子のはまったワゴン車は、月明かりの下、ごとごと走る。
囚人たちは、みな沈痛な面持ちだ。
噂によると、この車の行き先は、この国でいちばん悪いやつらが集まるところ。
一度入ったら最後、二度と生きては出られない、巨大な墓場。
生きているのが嫌になるような、とびきりの地獄がまっているらしい。
おれは震えが止まらなかった。
沈黙に耐えかねて、隣の男に話しかける。
「あんたは何をやったんだ?」
隣の男はにやにやと笑いながら答えた。
「無実の罪で捕らえられたんだ」
「映画の見過ぎじゃないのか?冗談はいいから本当のことを言ってくれよ」
「やっていないことを数えた方が早いぐらい、たくさんの悪いこと」
思わずためいきがでた。男の目は嘘を言っていない。どうやら噂は本当らしい。
「そうか、あんた大物なんだな。おれは怖くてたまらない、どんな地獄が待ち受けているのやら」
「大丈夫、少しも心配することないさ」
「なぜそう言い切れる?あんたも噂にきいてるだろう、あそこは恐ろしいところだって」
「知っているよ。だからいいのさ。」
男は笑顔のまま答えた。
「おれは生きていくためにたくさんの人を傷つけてきたんだ。心が痛んだけれど仕方がなかった。
この車の向かう先には、おれみたいなろくでなしばかり。
毎日傷つけたり傷つけられたりしているんだろう?そんなことはへっちゃらなのさ。
いちばん辛いのは、生きていくために善良な誰かを傷つけることだ、良心の痛みだ。
ろくでなしばかりがいるところで、傷つけても傷つけられても、おれの心は痛まない。
おれはこれから、きっと生まれて初めて、心の平穏が得られるはずさ」
明け方ごろ、目的地に着いた。
施設の中は意外なほど清潔で、おれはかなり拍子抜けした。
高圧的な看守もいない。みんな穏やかな表情をしている。
一通り身体検査を終わらせてから、施設で一番えらいひとがやってきて、説明を受けた。
おれたちは今から手術を受ける。脳を少しばかりいじくって、真人間にしてもらえるそうだ。
そのあとは、空調のきいた快適な空間で、自由に過ごせばいいらしい。
三日も経たないうちにあいつは死んだ。本当にずいぶんと悪いことをしてきたみたいだ。
おれは平気だった、なぜならばおれは無実の罪で捕らえられたから。
もしもそんな風に言えたらどれだけよかっただろうと思う。