第87期 #29

愛国上空

日本の自主独立のため、国民はすべて地上100メートル以上に住むことが法律で義務化された。

高層ビルの100メートルより上の階を購入できない貧しい人たちはクレーンで100メートルの高さまで吊り上げられた。扶養家族を持つ世帯主は畳一畳分の板が支給された。その板をワイヤーで吊り上げ、家族でそこに住む。ぼくは独身なので五十センチ四方の板ひとつだった。

政治家と公務員は職務のため地上で生活することが特別に許可された。

「私たちも本当は地上100メートル以上で生活したいんです。そうしてこそ日本は真に独立したと言えるのです、けれども国際社会の現実の中で政治にはリアリズムが必要なんです」

ぼくたちは地上100メートルの高さに吊り上げられたまま、理念も矜持もなく地上をはいずる政治家どもを罵った。

「媚中政治家は地獄に落ちろ! アメリカのポチは今すぐ腹を切れ!」

売国政治家と汚職公務員のせいで地震と台風が起こり、世界中の反日組織が指差して嘲笑する中で多数のクレーンが倒れ大勢の無辜の草莽たちが死んだ。

ぼくを吊り上げていたクレーンも大きく揺れて、ぼくは空中に放り出された。放物線を描いて落ちる途中にたまたま別のクレーンに吊られている板の端になんとかしがみつくことができた。

畳一畳分の板の上には若い夫婦と子供二人が住んでいた。ぼくの体重が加わったせいで必要最低限の細いワイヤーが音を立てて軋んだ。

「うちにしがみつくのはやめてください」
「待て。ぼくが落ちたら愛国者がまた一人減るぞ。日本は移民に乗っ取られ外国に侵略されるぞ」
「でもあなたがそこにしがみついていると私たちみんな落ちちゃいますから」
「敵を見誤るな。在日外国人たちをまず追い出すべきだ。在日特権を撤廃して、北朝鮮を懲罰せよ。竹島は日本固有の領土」

ぼくは引きずり落としやすそうな子供の足を引っ張った。

「おいこら、やめろ。さっさと落ちやがれ」と夫が怒鳴った。

「まず君の奥さんが先に落ちるべきだ。なぜならば男と女では役割が違う。能力も違う。男女は生まれつき平等ではないのだ。真に国を愛するなら決断できるはずだ。そもそも地上100メートルで生活するのは母体に悪影響が……」

妻が耳打ちして夫がぼくの指を一本ずつ引き剥がそうとしはじめた。

ぼくは激しく抵抗し、板の端に必死にしがみついた。板全体が大きく揺れて子供たちが泣き出した。

「日本国万歳! 日本の独立万歳!」とぼくは叫んだ。



Copyright © 2009 朝野十字 / 編集: 短編