第87期 #28

『代わりに、小鳩を』

 私を熱に浮かし、喉を潰し、そして声を奪った病は、今日も元気です。窓から見える宿り木の葉が散ったら、愈々死んでしまうのではないか。そんな気がしてなりません。それでも貴方と取り合う連絡が待ち遠しくて、心から死んでしまいたくないと、そう思います。
 最後に貴方が見舞いに来てくれたのは、二月ほど前になりますね。貴方も私と同じ病を持つ身、苦しみも悲しみも貴方が一番分かってくれました。先日届いた手紙を読んで頂けましたか。お返事がないので心配です。もし万一のことがあれば、私の耳にも届くはず。体力には自信があると話していた貴方の姿が忘れられません。
 今宵は聖夜。貴方はどのようにお過ごしになるのでしょう。イブを一緒に過ごすという約束は叶いませんでしたね。初雪を一緒に見るという約束も……こんな弱音を漏らせばまた貴方を困らせてしまいますね。ごめんなさい。
 聞いてほしいことがあるのです。冬の薫りを楽しもうと窓を開けていたら――もちろん母には内緒です。見つかったら叱られます――白い小鳩が一羽、窓枠に降り立ったのです。懐っこく、愛くるしい瞳は貴方の黒い瞳に似ております。もしや見舞いに来られない代わりに、小鳩を……そんな想像をして嬉しくなりました。そこで鳩の足に文を結わえて放してみることにしました。きっと貴方に届くかも。そう、会いに行けない代わりに、小鳩を、と。
 空は灰色にくすみ、吹雪いてきそうです。貴方の街は如何ですか。貴方の街にももうじき雪が降ると聞きました。どうか暖かくお過ごしになって下さいね。
 町の真ん中にトゥリーが立ちました。可愛らしくも大きい、綺麗な樅の木です。来年こそは一緒に見られるといいですね。

 イブのディナーの仕度を整えた後、母が娘の部屋の扉を開けたとき、娘は窓辺に腕を差し伸べたまま、冷たくなっていた。娘の笑んだ死に顔を見つけ、喉が潰れるまで泣き叫んだ後、暫く茫然とした母は、居間に戻り、医者に連絡を入れ、食卓に着いた。ディナーを前に、何も考えられなくなって、手をつける。貧しいながらも娘の為に拵えた、メインディッシュ。冷たくなった鳥肉は塩気が強い。到底七面鳥など準備できず、代わりに、小鳩を――庭先で休んでいた純白の小鳩を捕まえて焼いたのだ。
 降り積もる白い細雪が、硝子窓を覆っていく。屠殺してから気がついた娘の手紙を胸に押し当てながら、母は、窓の外で一際煌くトゥリーを見つめ続けた。



Copyright © 2009 石川楡井 / 編集: 短編