第87期 #26

見えない眼

   
 巷では「電話お化け」なるものが流行っているらしい。
 なんでも、いるはずのない人間が電話をかけてきて意味不明な事を受話器の向こうから言ってくるとか。全くもってオリジナリティのない怪談である。
 そのあまりの下らなさがツボだったので、アヤコとの電話のネタに利用することにした。今日のバイトが急になくなった暇を潰すには丁度いいだろう。
 それにアヤコなら確実にこの話が載っていた雑誌を読んでいるはず。 

『はーい、もしもし』

 これから起こる恐怖など知りようもない、アヤコの能天気な声が受話器から響く。

「ひゅー、お化けだぞー」

 俺の迫真の声。そして沈黙。

『ちょ、何やってんのあんた』
「お化けだぞ。先週飲み会で端数を奢ってやったお化けだぞ」
『もしかしてそれ、電話お化け?』

 すでに爆笑寸前の気配を放つアヤコ。予想通りあの雑誌を読んでいたようだ。

「何だよ知ってたのか」
『っていうかあたしが知っているとわかってて電話したんでしょ』

 特徴的な高音の笑い声が響いてくる。
 どうやらかなりアヤコのツボにきたようだ。その声量は受話器にクワンクワンと音を残す程である。

「お前笑いすぎだって」
『だって、くだらないんだもん』

 三流都市伝説はネタとしては一流らしい。
 その後アヤコが落ち着くまで大分時間がかかった。

『っていうかミツルさー、卒論の方は大丈夫なの?』
「大丈夫じゃねーよ、今もヒーヒー言ってるっての」
『バカだな。こんな下らない電話かけてる暇あったら進めなよ。今日は折角バイトもないんだからさぁ』
「うるせぇな、爆笑してたくせに。面白かったからいいだろ?」
『まぁね』


 結局そのまま長電話をしてしまう俺達。
 いつもより鋭いアヤコに、俺の卒論のピンチっぷりはバレバレだった。全くとんでもない女である。まぁこういう所がいいわけだが。

 その後電話を切るキッカケとなったのは。俺の突然の空腹感だった。

「ワリ、ちょっとメシ作ってくるわ。チーズと豚肉処理しねーと」
『それ腐ってるよ』
「腐ってねーよ」

 笑いながら俺は電話を切る。
 そして、1分もしないうちに電話がかかってきた。
 画面表示、アヤコ。
 その予期せぬフライングが俺のツボにはまり、一頻り笑ってから受話ボタンを押す。

「ちょ、お前電話かけんの早すぎ」
『ぎゃおー、お化けだぞー』
「……え?」
『あれ? 面白くなかった? ミツルなら知ってると思ったんだけど』




 チーズの異臭が、鼻についた。



Copyright © 2009 彼岸堂 / 編集: 短編