第87期 #19

告白

寝不足だったんだ。
苦労して仕上げたレポートを教授に見せたら、要点が纏ってないって言われて突き返されて、徹夜して書き直したから。ヤバい位眠かったけど、電車の中で寝れるって思ってたから頑張ったよ。
最寄りの駅が、めっちゃ人が乗ってくる駅のひとつ手前だからいつも席には余裕があったし、実際その日もすんなり席には座れた。後は終点まで一本だから、小一時間は仮眠取れる筈だったんだよ。
でもその席は最悪だった。
俺の右隣は座席の端で、そこには化粧の濃い女が座ってた。こいつが途中の駅で降りたら移動しようと思ってそこに座ったんだけど、それが全く見当外れで、その女は全然電車を降りなかった。おまけに俺がうとうとしてちょっと凭れかかっただけで睨んできたし、挙句の果てには肘を張って二の腕を攻撃してきたんだ。何だこの女って思ったね。結局少しも眠れずに、終点の一つ手前まで起きてた。女はそこでやっと電車を降りたよ。死ねクソ女って背中を思いっきり睨んだな。
ドアが閉まった後、女の座ってた座席を見たら、そこに黒いキャリーケースが置きっぱなしになってた。ほら、A4ノートとかが入るぐらいの、プラスチックの奴。すぐにあの女が忘れたんだって分かった。
その後俺はそのキャリーケースをどうしたと思う?捨てたんだよ、終点の駅のゴミ箱に。眠いままだったけど、苛々は少し治まった。

直したレポートも教授に認めてもらえたし、講義が休講になったから、直ぐ帰れることにもなった。俺はすっかり浮かれた気分で駅に向かって、改札をくぐったんだ。
そしたらさ、忘れ物センターあるだろ?そこに、朝の女がいたんだよ。吃驚した。手前の駅で降りた筈なのに何でこんなとこいるんだよって。
俺なんか怖くなってさ。キャリーケース、捨てたことがばれるんじゃねえかと思って、急いでホームに降りたんだ。そしたら、あのゴミ箱が俺の目の前で口を開けて立っていた。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、」

女が、俺の横を通り過ぎて、ゴミ箱の横も通り過ぎて、自販機の横に立った。
泣いてたんだ。化粧がぐずぐずになってた。一人でずぅっとどうしようどうしようって呟いてるんだ。周りの奴らが気にしてちらちら女を見てた。


次の日も忘れ物センターでその女を見た。
俺はいつも通りホームに降りて、ゴミ箱を何となく覗いた。勿論キャリーケースは無かったよ。


吃驚した。こんなことで人間って、死にたくなるんだな。



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