第87期 #15

ストロベリーキャンディ

 たよりなさそうなカラスの鳴き声。木々を揺らす強い風。そんな風に押され動く雲。そんなものが僕の上、大きな空に広がっていた。ふと見上げたら、淡く半分の月が見えたことを今でも覚えてる。
「ヒカルくんにあげたいものがあるの」
 いつもならそっけなく「さようなら」を言う場面で、君はうつむき気味に言った。僕は、「う、うん、うん」って、何度も何度もかんでしまって、上手く返事を言えなかったけど。
 早く来ないかな。僕の心は軽く弾む。瞳を動かせば隣のブランコで幼稚園児が遊んでいた。そういえば昔、僕もこの公園でよく遊んでた。君はそれを覚えていたのかな。一緒にこのブランコで遊んでいた事。
「ヒカルくん!」
 後ろから息を切らして君は、一生懸命そうに叫んだ。右手には小さな紙袋が揺れている。
「大丈夫?」
 僕がそう尋ねると、「うん」といってくれた。よかった、元気みたいだ。
「あのね、ヒカル君に、伝えたいこと、あったから」
 荒い息をつきながら、途切れ途切れに君は声を発した。
「伝えたい事?」
 君は精一杯にたくさんうなずく。
「私ね……明日、引っ越すの。友達にも言ってないんだ。お母さんが、言っちゃダメって。でもね、ヒカル君には言いたかったの。なんか遠い所で、もうヒカルくんと会えなくなるから……」
 ヒッコス? 引っ越すってどこに? どうして? 幼い僕の頭の中に、次々に疑問が浮かんだ。そんな僕の事は気にせず、君は続ける。
「それに、これ、渡したかったから」
 そういうと、手に握っていた紙袋を突き出した。中身が気になりあわて気味にがさがさと音を立て中
身を出すと、それはキャンディだった。可愛い柄の紙にリボンの形に一つ一つ包まれている。
「わたしの、気持ちだから。……さよなら!」
 そういうと君は後ろを向き走り出した。僕にさよならも言わせてくれなかった。僕に何かを考える間さえ与えてくれなかった。僕は包みの中から一つそれを取り出すと、口の中に入れてみた。入れた瞬間、口いっぱいに広がる、イチゴのおいしさ。
 走り去った君の後ろ姿はもうかすれてしまっているけど、今でもぼくはまだ、あの味を覚えてるよ。あの時くれたキャンディの、甘酸っぱい恋の味。



Copyright © 2009 笹乃 / 編集: 短編