第86期 #8

雪の雨

クリスマスだからだと、高校二年にもなって今更バイトを始めて、なんとか五万円貯めた。
決意したのは十一月の半ばで、それまでの俺はただ彼女と一緒に帰り道を歩いて、ときどきコンビニで買い物する程度。
確かに毎日は楽しかったけれど、どこかが足りない気がしていた。そんな時にネットや雑誌を見ると、やっぱりカッコイイ洋服やアクセサリーは必須だと思えた。
だけれど俺がバイトまで初めてまで変わりたいと思った理由はそれじゃない。
「あのね緑くん、来週のどようびに私の部活の試合があるんだ。見にきて、くれる……?」
「しょうがねえなあ。しっかり活躍してくれよ?」土曜日は俺も部活だけど、彼女と一緒に居たいから笑いながらこんな会話をしてる。高校生といえば華やかな物の代名詞のはずなのに、ここで話しているのは我ながらとても平凡なただの田舎のカップルだった。
だからそこから抜け出したいと思った。週に三日バイトを入れコンビニで知らない人に頭を下げながら金を貰う。
それで俺は彼女をもっと幸せにしてやるつもりだった。華やかに、学校の中で俺たちだけがやれる最高のデートをするつもりだった。
彼女のためのクリスマスには、普段よりワンランク上の、ワインが要らないギリギリの料理屋に連れて行ってやるつもりだった。

ああ、彼女はその為にがんばる俺をすごく冷ややかに見ていたらしい。別れ際に凄く純粋で綺麗な涙を眼球から零しながらもはっきりと緑くんは私よりも先にオトナの世界へいっちゃった。私は、まだ子供でいたいんだ。
なんて言われて、俺がデートの為に貯めた金をサイフごと握りつぶせない訳は無かった。二つ折りのサイフが軋む。皮の擦れる嫌な感触が手の中一杯に広がり、俺を痛めつけていた、だが金本体を切り裂けない自分。誰も知らない間に確かにもう大人に変わってた。
ああ、彼女が遠い。「大人」は伝染病なんかじゃない! 俺に子供を思い出させてくれよ! ……なぁ。


彼女を驚かせようとコッソリ作っていたデートプランはクラスで恋して青春をしている男にプレゼントしてやった。予算キビシいなぁ。とか言っても目は輝いてたなあアイツ。
バイト終わった十時過ぎ、星を見ようと見上げた空は曇っていて、そのくせ雨も雪も降っておらずに星も当然見えなかった。
十万近く入っている財布を最初で最後だから、と思い切り地面にに叩きつけ踏みつけた後、俺はその財布を拾って親と友達へのプレゼントを考え始めた。



Copyright © 2009 橋元狐守 / 編集: 短編