第86期 #4
摩天楼と摩天楼を繋いで縄を張り、ハーメルンと呼ばれる道化者たちが綱渡りを披露する。
道化は孤児の少女ばかり、華奢な体に無数の折り紙を貼り付けたような衣装を身に纏い、摩天楼の人々へ芸を見せて食料をせびる生活を集団で続けていた。
楽器とは呼べぬ楽器で音楽を打ち鳴らし、いくらその音楽が優れていようとも、私たちのお腹を満たさねばあなたたちに安眠はないのよという脅しとし、音が鳴れば女はうんざりと食料を運び、不埒な男は少女を下から眺めて情を起こし女を抱き、産まれた子供の何人かはハーメルンに堕ちる。
摩天楼はハーメルンの音楽と嬌声に彩られて循環している。
屋上緑地から始まった摩天楼の緑地化はすでに建物全体を緑化するに至り、摩天楼群が緑に覆われた未開の深い山ならば、ハーメルンが張った一本の夜綱は登山家が最高峰に立てる国旗だった。
ハーメルンの夜は皆で体を寄せ合い、千羽鶴を折って綱渡りの無事を祈る。そして恋の話に花を咲かせる。それは寒さや外敵から身を守るためと、空腹に負けて体を売ってしまわぬよう厳しく戒めるためだった。
けれどもその弊害として、狼に襲われたハーメルンの一人が我が身を哀れみ自死を決めた。
ハーメルンは誰一人として諌めず、秘伝の楽器を打ち鳴らしては言葉には代えがたい悲壮なメロディを奏で始めた。
「あそこのベランダに男の子がいるでしょう? どういうわけでか罰せられて、一晩中ベランダに追われてて、いつもあたしたちを見てるの」
血と汗と涙と脂と埃が染み込んだハーメルンの夜綱を少女は軽やかに歩む。
「あの子の生命力溢れる強い目が好きでした。」
なのに少女は夜綱から我が身を投げ出し、落下した。
鋭い落下の中、少女はベランダの男の子に微笑みかけた。
一瞬のことではあったが、男の子は腰掛けていた室外機を蹴飛ばし少女へ手を伸ばした。
夜のハーメルンは想い人と結ばれて地上で暮らすことを夢に見る。
摩天楼の人々からすれば地上とは見果てぬビル間の暗い底を意味したが、ハーメルンからすれば地上とは緑に覆われた摩天楼だった。
地上へと落下する者たちへ、ハーメルンは幸せを願った千羽の祈り鶴を捧ぐ。
折鶴と落下する少女の衣装が飛び散る儚い様は、雪のようだとされる。
しかし摩天楼の人々は本当の雪を知らない。知っているのは夜のハーメルンだけだ。
なぜならば、楽器も含め夜のハーメルン全てが雪だからだ。