第86期 #24

繋恋橋

 昔とある山間に湖の様に広がる河があった。

 そこは深い霧に閉ざされた山奥で、他の地域との交流も行き届かない場所だった。
 河の中央には両端が宙で途切れたままの橋があった。橋は河幅に対して余りに小さく、舟が無ければ行けない所にあった。橋としての機能は無い。ただいつ造られたか定かでない為、岸辺の集落に住む人々の間では古の神仏による建造物だと云い伝えられており、宙で途切れたその両端はそれぞれ前世と来世に繋がっていると考えられていた。村では年に一度鎮魂祭が行われていた。崇められた存在ではあったが橋で将来を誓った恋人達は障害を越えて結ばれるという説話があり、それに由来してか「繋恋橋(ケイレンキョウ)」と呼ばれ人々に親しまれていた。波一つ立てずに水面に消える夕陽を見ようと、夕暮れ時になるとよく若い男女が舟を出して橋に出掛けていた。
 ある夕暮れ時、集落は突然の嵐に見舞われた。雲が下がり一体は大きな霧の中に呑み込まれた。その宵、橋には三組の男女がいた。人々は助けに行こうとしたが橋どころか舟を降ろす事も出来なかった。荒れ狂う風、波、雷――。それでも橋の恋人達は取り乱す事無く不思議な安堵感の中で身を寄せ合っていた。翌日、村の漁師が舟に乗って助けにいった時には霧の中の橋の上に若者達の姿を見つける事は出来なかった。


 ……ある出版社のカメラマンが見た夢の話。
 彼は出勤すると記者班のデスクに仲のよい女性ライターの姿を見つけた。唯の夢の話に大した興味も示さないと思いつつ彼は今朝見たその夢の話をしてみると、彼女は「私もそれ知ってる」と云って、彼以上にその地を探しに行こうと云い出した。
 彼らは出張届けを出してその地を探しに出た。手元で得られる情報は限られており、人の噂を頼りに足で探し回った。
 辿り着いたそこは人の訪れない観光地だった。今は湖となったその湖面の真ん中には、夢で見た通り木造の小さな橋が見えた。遠くから見たそれは水の中に建てられた鳥居の様にも見えた。
 夕暮れ時に二人は舟に乗って橋まで連れて行ってもらった。近づくと意外に大きく、幾許の圧迫感も覚えた。水面に刺し込んだ橋を支える柱はまだまだしっかりしていた。
 二人は橋の上から見える山間の残照を眺めた後、橋を抱く様にしてうつ伏せに大の字になった。女はここで縁を結んだ男女達に想いを馳せた。男は夢で見た、寄り添ったまま嵐の中に消えた恋人達の事を思った。



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