第86期 #17
ふと気がつくと、俺は狭くて薄暗い部屋の中にいた。
周りはすべて壁で囲まれており、出入り口のようなものは見つからない。
なぜ俺はこんなところにいるのだろう。今まで何をしていたのだろう。
思案するが、どうしても思い出すことが出来ない。
とりあえず考えるのをやめて、うろうろと周囲を探ってみる。だが出口は見つからず、部屋のあちこちから細く長い紐がいくつも垂れ下がっているのがわかっただけ。
俺はしばらくの間、壁のどこかに隙間がないか、あるいは壊せるようなところがないか調べ続けたが、まったくの徒労だった。おい誰かいるのか答えてくれ、と叫ぶも部屋の中で虚しく反響するばかり。
もしかして俺はずっと出られないのか。いったい誰が俺をここに閉じ込めたのだ。死ぬまでこのままなのだろうか。
不安と恐怖でたまらなくなり、衝動的に手近な紐を思いっきり引っ張る。
すると、どこかでなにかが動いた音がした。
驚いて動きを止め、黙ったままで様子をうかがう。どうやら音は部屋の外からしたようだ。もう一度紐を引いてみる。また音がした。おそらくこの紐はなにかの仕掛けにつながっているのだろう。
俺は別の紐を引っ張ってみる。さっきとは別の感じの音がした。もしかしたら、この紐のうちどれかを引けば、出口が開くのかもしれない。
期待をこめて別の紐を試した瞬間、強烈な光が射した。眩しさをこらえながら光の元を探すと、壁に小さな窓が現れている。
喜んで駆け寄るが、残念なことには開閉しない、はめごろしの窓だった。叩いてみるが分厚く頑丈で、とうてい割れそうにない。
せめて外の様子だけでも伺おうと窓の向こうを凝視する。すると分厚い窓越しのぼやけた景色の中に、二人の人影がいるのが見えた。
必死に窓を叩き、なんとか気付いてもらおうと大声を出したが、外の人影はまったく反応を示さない。
なにか俺の存在を伝える方法はないのか。垂れ下がっている紐を手当たり次第に引いてみると、なにかが動く音がして、あの人影も反応を見せた。
なんとしてでもここから抜け出してやる。そのためには外の人間と意思疎通する方法を見つけなければ。
俺は窓の外をしっかりと睨みながら、次はどの紐を引くかを考えていた。
若い二人の夫婦が、生まれてまもない我が子を微笑ましげに見つめている。
赤子が手足をぎこちなく振り回す様子はあどけなく、その瞳の奥にある想いには誰も気付かなかった。