第86期 #18

「バンクーバーの金メダルはノブナリくんかなあ」私が問うと兄は「エバンじゃねえの。あのジャンプの切れと高さは日本人じゃ無理だろ」と反論してきた。解説者の言葉を訊いてもニュースを見ても、ノブナリくんの圧勝は揺るぎないと伝えているのに。
「みんな見る眼がねえんだよ。あの圧倒的スピード感。見ただろ」
 兄はエバンだと頑として譲らない。
「でもノブナリくんの芸術性は完璧だったでしょ」
「わかってねえな。じゃあノブナリがエバンのスピードで演技できるか」
「そう言う問題じゃないと思うんだけど」
 私の言葉を鼻で笑いながら、教授の顔で兄は言う。
「採点競技なんて所詮こんなもんだ。ある審査員は芸術点に重きを置きましょうと言い。ある審査員は、ジャンプは回転数を重視しますスピードは二の次で正確さを採点しましょうとね」
「でも同じ審査基準で戦うわけだから、条件は一緒じゃないの」
「その基準が曲者なんだ。より早く審査員のクセを察知し演技に取り入れたヤツが勝っちまう。シズカなんかがいい例だ」
「あのときの採点は、あからさまにおかしかったもんね」
「要は採点するヤツの胸先三寸で決まっちまうってことさ。演技の良し悪しによる真の勝者は誰なのか。採点競技に明確な勝ち負けを期待すること自体無理がある」
「うん。陸上だったらタイムや飛距離なんかで順位が決まるから誰が見ても納得できるもんね」
「テニスやゴルフの勝敗も単純明快だろ」
「それじゃ採点競技で表彰台に立った三人って甲乙つけがたいってことなのかなあ」
「だろうな。微妙な点数差なら、やってる本人はみな自分が一番だと思ってるはずさ」
「僅かな人数の審査員に任せてないで、競技してる選手も採点に参加させてあげたらいいのにね」
「そんなことしたら、みな自分が勝者だと主張してやまないだろ」
「そっかなあ」
「圧倒的な差があればともかくだが。演技構成自体、参加する誰もが『僕が勝って当たり前』と思うものを引っさげて参加してるわけだ。演技中に全てが語り尽くせなかったとしてもだな。演技者の脳内に蓄積したイメージは未熟な演技を美化して、自分は完璧なものを仕上げたのだと錯覚してしまうんだ」
「なんだか怖いね」
「だろだろ」
「だから短編は自薦禁止なんだあ」
「やっと解ったのかよ」
「……じゃあさあ。自薦してもいいけど、その場合三票を使い切らなきゃならないってことにしたらどうかな」
 兄はやれやれという顔をし、首をすくめた。



Copyright © 2009 三毛猫 澪 / 編集: 短編