第86期 #14

冬の放課後

 委員会のある日は大抵一人で帰ることになる。人気のない廊下を歩いていると、閉めきった窓の向こうから風の音が聴こえてくる。私は微かな不安を誤魔化すために鼻歌を歌う。もっと不安になりそうな掠れた声で。
 理科室の戸を開けると、電気がついていないのに人の気配がした。その瞬間は窓際にいた彼女に気づかなかったけれど、室温が少しだけ高い気がした。
 黒縁の眼鏡をかけて、肩までの長さに切り揃えられた髪、スカートはやや長め。優等生な姿だったけれど、野暮ったい感じはしなかった。あとから考えると先入観があったのかもしれない。彼女は最近、私の友達が「いい」と言っていた男子とつき合い始めた。私はその友達の呪詛を真面目な顔して聞き流したりしていた。彼女と話したことはないけれど、隣のクラスで体育が合同なので顔は知っていた。
 私はたぶん面倒そうな顔をしたんだろう。彼女が困ったように眉を寄せた。その表情につい口元で笑ってしまった。

 何年か前までアトピーで首とか汚くて、小学生の頃は菌扱いもされた。だから今は触られるのが嬉しい。人の体温が嬉しい。だから気安く触ってくる男子にすぐ惚れてしまう。
 要約するとそんなことを、彼女はもう少し詳しく、けれどあっさりに話した。
「みんながそうってわけじゃないけどね」
「うん」
「でもわたしはそうみたい」
「へえ」
「えっと、理科室、何か用だった?」
「ん……、煙草吸いに」
「あはは、不良だ」
「ストレスたまるんすよ、会議とか」
 私はポケットに手を入れて小さな箱を触る。表面を撫でて、また外に手を出した。
「そっちは?」
「んー、暗い場所でぼーっとしたかった?」
「あー」
「わかる?」
「まあ」
「ふふ」

 少し話しただけで仲良くはならない。私は彼女を置いて学校を出て駅に向かう。すぐ近くの信号で立ち止まる。広い通りの信号。吹きつける夕方の風が私の頬を冷やした。
 まだ車道の信号は青だったけれど、ふいに車の行き来が途切れた。静かになった広い通りに、びゅうっと風の音が響いて、ひどくさみしい感じがした。
 ふうっと息を吐いて、信号に背を向けた。学校の前を通り過ぎ、そのまま進むと商店街が見えてくる。その端にたこ焼き屋がある。たこ焼きは大抵熱かったり温かかったりするのだ。
 彼女はまだ理科室にいるだろうか。暗い場所でたこ焼きをつつく場面が浮かんだ。恥ずくて、「何それ?」とも思いながら、私は二人分と、十個入りを注文した。



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