第85期 #23

庇護して

 人に言えばなんでそんな事でと思うかもしれないけどわたしは昨日おきたそれのためにもう学校には行けなかった。

 朝、目覚ましを止める。さえずりが聞こえる。晴れた空、快晴。解る? 決意の朝。
 布団を出て制服に着替える。いつもより体がシャキシャキ動く。肩掛けカバンを手に部屋を出る。カバンが軽い。教科書が必要ない。そして黄色いナフキンに包まれたお母さんが作ってくれたお弁当をカバンに入れた。
 お母さんはもう仕事に出ていて部屋には私だけ。玄関を出てカギはいつもの植木鉢の下へ。もう会えないわね、さよならと言ってアパートの階段を下りた。
 駅へ歩く。教科書の入ってないカバンはわたしのお尻に当たるたび跳ねた。良い天気。どこへ行こうか?

 いつもの駅。でもいつもと逆方向の電車に乗る。ホームでふらふらしてると急行がすべり込んできた。やった、空いてる。
 椅子に座ってケータイでミクシィを開く。電車に乗ってる時や空いた時間はいつもコメントやメッセージをチェックしてた。でもこれは切らなきゃいけない過去なの。画面をいつもより下にスクロールして簡単に脱会できた。

 終点の駅。名前だけは知っていた。今まで私の乗ってた電車はみんなここに来てたんだ。知ってて知らない駅、場所。

 はじめての町。ふらふら歩く。秋日和。学校ではもうじき文化祭だった。
 ふらふら歩くとお昼になった。公園の池の前にあるベンチでお弁当を開いた。母の最期のお弁当。でもたくさん歩いたせいで、なかはぐちゃぐちゃになっていた。せっかくお母さんが作ってくれたのに。
 どうしよう。さっきまで唯一大事だったお弁当。でもぐちゃぐちゃのこれをいつまでも持ってるはイヤで、早くもうどこかにやりたい。
 弁当を黄色いナフキンで包んで戻すと池に小さく投げた。池は緑色で弁当はすぐ見えなくなった。ただ水面に泡が残った。
 空腹というより気持ちの悪い胃を抱きながらまた足のむくまま歩き始めた。秋の空。気づいたら空模様もあやしいし、わたし今寂しい……。
 公園のモニュメントの上、蝿が目に入った。動かなかった。わずかに風が吹いて翅(はね)が震えた。『わたし、寿命じゃないのよ。餓死したの』そう聞こえた気がした。
 わたしはなぜか見捨てる事ができなくて、なんとかしてあげたくて。
「かわいそう。寂しいね。助けてあげる……」つまみ上げると舌の上に置いて、歯に当てないよう呑み込んで、お腹で抱いてあげた。



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