第85期 #2
蝉の死体が散乱する頃、僕の体は脱皮をしていた。
夜は虫達の演奏会と化し、寝る時にはたまに憎たらしい羽音が耳元で聞こえ、
外灯の光を日光と勘違いして昼夜逆転した蝉がこの世の無常さに嘆いていた。
そんな自然界と分け隔てた人間界の空間にいる僕は、浴槽に浸かり、
体を擦っては体の皮を剥いていた。
ふと、下を向き、浴槽を見た。
そこには僕の体と分離した皮がふわふわと海月の様に散乱していた。
それを見た僕は、一杯取れたなと言う稚拙な喜びと、湯を汚してしまったと言う無益な落胆と、
気持ち悪いや汚い等と言った不快感を抱き、浴槽から出た。
風呂から上がり、さっぱりとしたところで鏡の前に立った。
体が赤みを帯びた部分や焼けて浅黒くなった部分、陽にあまり焼けず普段通りの肌の部分と、
醜いと感じてしまう模様が僕の体の表面で描かれていた。
さっさと治らないかな。
上半身は裸のまま、俺は居間へと足を運んだ。
「お先。」
「お疲れ。まだ日焼けの痕が酷いね。」
彼女が僕の上半身をまじまじと見ながら、快活にそう言った。
「暫くはこんな感じだろうな。」
「私みたいに日焼け止めを塗ってたら良かったのに。」
「そうだな。塗っておけば良かったよ。」
俺は冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、コップを使わずにそのまま口をつけて飲んだ。
風呂から上がって火照っている体の内側に冷たい乳製品が気持ち良く流れた。
「いい加減、コップを使って飲んでよ。」
彼女は少し怒っていた。
「ああ、ごめん。」
僕は冷蔵庫に牛乳をしまい、彼女の隣に座った。
彼女は怒るのを止めて、僕の剥けそうな皮を剥いて遊んでいた。
僕はその彼女の行為をただぼんやりと見ていた。
僕はその晩、彼女を抱いた。
外からは馬鹿な蝉が叫び続けていた。
ああ、同じだな。
時が過ぎ、少し冷たい風が吹くようになった。