第85期 #15

シューポポスの湖と二人のホバークラフト

 超高層ビルやマンションが建ち並び、見上げた空は摩天楼の角張った屋上によって不可思議なポリゴンに切り取られている。
 少年は粗相の罰として両親からベランダに鍵を掛けられて軟禁されていた。
 狭いベランダではエアコンの室外機が低い唸り声を上げており、少年は屈み込んで温風を吐き出すファンに顔を近づけた。
「昔はね、この扇風機で夏の暑さを凌いだの」
 法螺話とも知らず、少年は軟禁されるベランダで両親の若かりし頃の苦労を慮った。こんなんじゃ夜は暑くて寝られないよな、少年は若い両親の顔を想像しながら扇風機に話しかけた。
 手で額の汗を拭い払うと、たくましく室外機の上に立った少年は空を見上げた。
「明日からは祭りだな」
 地上七六階からの眺めでも、まだ空は摩天楼に切り取られて角を数え切れない多角形を成している。
 超細密表示が可能な電子版でも、そこに表示されるドット画の世界七大陸はどれも多角形にしか少年の目には映らない。見上げた空の多角形は南極大陸のようだと少年は思う。
 明日からは一斉に摩天楼間の転落防止ネットを取り払う。それは名ばかりで、地上で蝶を追っていた老婆が窓から投げ捨てられた冷蔵庫に押し潰される事件を受け、また類似性のある事件が頻発していたことから転落防止という名目で隣のビルとの間に張られた、人ばかりか冷蔵庫以上の重量物でも受け止める強固なものだった。
 明日からは視界を遮るネットが失せ、シューポポスと呼ばれる夜空の湖が綺麗に眺められる。
 無限にあるビル間でシューポポスは、ヨーロッパ大陸でもあろうし、北アメリカ大陸やアジア大陸でもあろう。
 毎年のように懐古の念に囚われた厭世人がテロまがいに冷蔵庫を落として死傷者が出るが、命懸けでビル間を練り歩く祭りを取りやめようという声はほぼない。
 シューポポスの湖底には星座と呼ばれる線画と、天の川という水脈が眠ると電子図書には記載され、金婚の年の七月七日、夫は天の川を妻へ、妻は星座を夫へ、星柄の品を贈るしきたりだ。
 七七の日は明日。
 少年の両親は銀婚にもまだ遠い二人だが、シューポポスの湖で小舟に乗った二人が約束の品を交わす光景を少年は想像して笑みがこぼれた。
 南極の氷すら溶かさん熱帯夜の空を見上げ、少年は足下の扇風機がホバーとなり、摩天楼群は小舟となり、シューポポスの湖を渡っている気がした。



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