第85期 #13

奴隷日記

 「お前なんか要らないよ、出来損ない」
 名前無かった、ずっと出来損ないって言われてた……何も持ってなくて、誰も何も教えてくれなくて、だから何も知らなかった。
−−−○月×日
 「あなたはいいわねぇ」おばさんがこっち見て言う、『じゃあ代わってよ』とナイフを差し出して言った。殴られて、罵られながら人間の腹裂くのが仕事だったから、いつだって代わってほしかった。
また殴られた、「そんな仕事するのはあんたくらいよ出来損ない!」だって、いいわねぇって言ったのに……ナイフには自分の顔が映ってる、頬っぺた腫れて、目が死んでた。
−−−○月△日
 また死体運ばれて来た、仕事の時間、腹裂いて、内臓出して、洗って……これ売るって言ってたけど、こんな汚いの買う人いるのかな。
−−−○月□日
 なんだか今日は町が騒がしい、男達が騒いでる声がする、でも楽しそうな騒ぎじゃなくて乱闘してるみたい、見慣れた内臓と血の臭い、女と子供は家に隠れてるみたいで居ない。男がこっちみてなんか言ってるけど周りが五月蝿くて聞こえない、手引っ張られた「奴隷の子供か」手枷が食い込んで痛いのに引っ張られる「おもしろい」男はそのまま引っ張っていこうとした、訳が分からなくなって頭が真っ白になった……
−−−○月☆日
 昨日のことが嘘みたいに静かで、目の前には乾いた血の海と内臓で、昨日の男は腹にナイフが刺さってて死んでた、いつも使ってるそのナイフは血に濡れて光っていた。逃げよう、ここから逃げよう、そうきめてナイフを抜いた。
−−−○月■日
 このままケモノの餌にでもなったほうがましではないかと思ったけど、あいにくノミの心臓しか持ってなくて、怖くて逃げてしまった、自分は最初から生きてなどいないのに、命を亡くすのが怖かった。


☆−・・・−☆

 夜が来て月が上がる頃、安らぎの国へと一人飛び立つは奴隷の子。この話物語にあらず、奴隷の子には起も承も転も結もない救いのない現実である。



Copyright © 2009 のい / 編集: 短編