第85期 #12

農場にて

 一面、はち切れんばかりのつぼみをつけたセンノウの畑。
 そこへどこからともなく黒装束の一団がやってきた。総勢五十名。みな黒の衣装に覆面姿だ。忍者気取りなのだろうが、どう見てもゴキブリの集団だ。
「タケヤンさん」
 畑を覗き込んだひとりが、ひときわ大きな図体の人物に声を掛けた。
「しっ、コードネームで呼べ」
「すみません、オカシラ。まだ花になるまで間がありそうです」
 オカシラはセンノウに近づく。
「もう少し、か」
 五十体の黒づくめは、一塊となって背後の景色へと溶け込み、見えなくなった。

 陽が傾き、夜が帳を下ろそうかなと逡巡している頃合、東の畦道から少女がやってきた。黄色い帽子に黄色いレインコート、黄色い長靴の黄色づくし。そして手には大きな籠。膨らんだつぼみに目をやりつつ、籠から何かを取り出した。
 虫だ。
 一本一本のセンノウの株元へ、律儀に虫を三匹ずつ置いていく。すべての虫を撒き終えた後、黄色い少女は、いかにも満足そうな笑顔を浮かべてもとの道を引き返していった。

 十六夜の月明かりの下、憔悴しきった顔がぼんやり浮かびあがると、やがてそれはサラリーマン姿となった。この畑の持ち主だ。畑に一瞥くれると、チッと小さく舌を打ち、通勤鞄から殺虫剤を取り出した。スプレーで虫を退治し、ホースで丁寧に水を撒いた。何も言わずにため息をつき、畦に腰を下ろす。タバコを一本吸ってから、近所の畑をぐるり一巡し、帰っていった。

 東の空が白むと同時に、誰もいなくなった畑でセンノウは、時を違わず一斉に開花した。朝露を含んだ真紅色の花びらは、朝日を反射させ、畑一面を深く瑞々しい赤色に輝かせた。

 次の瞬間である。どこにいたのか黒装束、地平線からうじゃらうじゃらと湧いて出てきた。
「よし、今が刈り時だ」
 タケヤン、いやオカシラの号令とともに、みなが一斉に花を引っこ抜き始めた。まさにセンノウ根こそぎ。イナゴの襲撃のごとく、あっという間にすべての花を刈り取り、集団はどこへともなく去っていった。

 荒れ果てた畑。そこには、もう何もない。

 三日後、いちど黄色い少女がやってきたが、畑を一瞥すると何もせず踵を返した。

 畑の持ち主は、あれから一度も姿を見せない。

 見捨てられた畑。今は残月が見守るだけのただの荒地。

 私はカーテンを閉める。かつてセンノウ畑であった荒地と別れ、階段を上がる。
 二階の窓からは、あの黄色い少女の牧場が見えるはずだ。



Copyright © 2009 さいたま わたる / 編集: 短編