第84期 #7

プレゼント

「お母さんにプレゼント渡すんだ」
娘の可奈に一つ隠し事をしてテレビゲームをやらせていたら、不意にそんなことを口走った。
「なにをプレゼントするんだい?」
「ひろし!」
不謹慎だけど、私はくすっと笑ってしまった。
彼女が言うお母さんとは、このゲームのなかに登場する千恵というキャラクターだ。
そして、ひろしは病気で亡くなった千恵の息子。
そう、彼女はゲームのキャラクターに息子というプレゼントを渡そうというのだ。
「でも、どうやって渡すんだい?」
「しゅじんこうをひろしって名前にすればいいんだよ!」
なるほどな、と私は思った。
このゲームは主人公の男の子を操って好きな女の子に告白するという、いわゆるギャルゲーと呼ばれるものだ。
ひろしの死はヒロインの女の子を攻め落とす過程で発生するイベントの一つだ。
可奈はどうしてもひろしを死なせたくないらしく、わざわざ最初からやり直して名前をひろしにしてから再スタートした。
可奈は6歳だ。だから私が横で漢字や言葉の意味を教えなければいけなかった。
ゲームを進めていくうちに、ひろしが死ぬイベントに差しかかった。
二回目だというのに、可奈は目に涙を溜めて死を悲しんでいた。
たかがゲームにここまで感情移入してくれることが、私は正直嬉しかった。
ヒロインに告白をして、ゲームが終わった。オチは主人公とヒロインの間に子供ができ、名前を「ひろ」にするというものだった。男なのか女なのか性別は明らかにされなかったが、そこがいいのかもしれない。
彼らはどちらが生まれようとも、子の名前を「ひろ」に決めていたのだろう。
ゲームをクリアしたというのに、可奈の顔はなぜか浮かばなかった。
「どうした?」
「お母さんにひろしをプレゼントしたのに、なんでお母さんは喜んでくれないの?」
千恵はゲームのキャラクターだから……と、口に出かかった言葉を私は飲み込んだ。
いや、可奈。お母さんはちゃんと喜んでいるよ。
私は、今度は妻である千恵に目をやった。
台所にいた千恵は、少し笑顔を見せたあと、すぐにまた夕飯の支度に取りかかった。
照れていたのだろう、と私は思う。
エンドクレジットの最後には、監督の名前が映し出された。

監督  石橋 千恵



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