第84期 #3

燃やすゴミ

久しぶりに実家に戻った。
大学で必要なものを取りに行くついでに、部屋を片付けてしまうつもりだった。
燃えるゴミと燃えないゴミを分別していく途中、クローゼットの奥底に丸められた大量のカンバスを見つけた。
高校生の時、美術の予備校で描いた油絵だった。
一枚広げて見ると、それは形が歪な、目が痛むほど発色の良い赤で描かれた静物画だった。
裏地がちくちく手のひらを刺してきたのが気に食わなくて、それを再び丸めて燃えるゴミに重ねた。他に丸められた油絵も、全て燃えるゴミをまとめた一角に寄せる。
油絵だけじゃなく、その時使っていたエスキース帳や筆、水彩で描いたドローイングも総て燃えるゴミに区分する。
私の部屋は見る間に燃えるゴミに占拠されていった。部屋の隅で分別された他のゴミたちが、肩身狭そうにその身を変形させている。
クローゼットが粗方空になったあたりで、姉が私の部屋にノックもせずに入ってきた。
「なに、片付け?」
「そうだよ。」
「散らかっちゃってんじゃん。」
彼女は棒アイスを齧りながら、ゴミを重ねていく私を無感情に眺めている。
「ゴミを捨てたらすっきりするよ。」
「ふうん。」
冷房で冷えていた空気が、姉が開けたドアから逃げていく。
閉めてほしいと頼んでも無駄なことは知っていたから、姉が眺めている中、私は黙って画材道具を燃えるゴミの山に重ねる作業に没頭した。
「そのゴミ、捨てるの大変じゃない?」
彼女は唐突に、私の背後で山になったカンバス等を指さして言った。
私は理由もよく分からない羞恥に顔が赤くなるのを感じた。
「捨てない、燃やすよ。ガレージで。」
「あ、そう。ママに見つかったら怒られるよ。」
姉はそう言うと、ドアを閉めずに自室へ戻っていった。
姉があっさりゴミと言い放った油絵、エスキース、デッサン。心のどこかで、もったいないとか、とっておけばいいのに、とかいう言葉を期待していた。
私が、受験の為に必死になって描いてきたこの絵を価値のあるもののように言って欲しかった。
殆ど空になったクローゼットの一番下に、潰れかけたマダ―レッドのチューブがU字に転がっている。
私はそれを掴んで力いっぱい後ろに放り投げた。
ぱんっ、と丸めた画用紙に当たる音。或いは何かが破裂する音が、部屋に反響する。



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