第84期 #28
目の前に広がる荒野と朽ちた廃墟。
かつてこの地球上で生態系の頂点に立ち繁栄を遂げた人類。その象徴ともいえる高層ビルの乱立する大都市も今はあのように無残な姿となりうち捨てられている。そこにかつての繁栄の面影は存在しない。
その建造物の群れを細かく観察し、手元の鉛筆をスケッチブックに走らせた。
無機質な対象をこれまた無機質な灰色の線で描く。
ふと走らせていた鉛筆を止めた。
ゆっくりと前のページを開く。そこには今描いているものとよく似た風景が描かれていた。
また前のページを開く。そこにもよく似た、しかし細部は異なった廃墟の画がある。
更にページを捲っていくが、どのページにも同じようで異なる様々な廃墟が描かれていた。
無論何が描かれているかは知っていた。全て私が描いてきたものだから。
これは今まで世界中を回り見てきたものだ。
このような廃墟は別段珍しくもないのだが、私はあえてそれを描いて回っている。理由は特にない。
その何となく描いてきた風景をもう一度よく見る。
全て白地に灰色の線のみで構成されている画。
持っている道具が鉛筆しかないのだから当然と言えば当然だ。ある意味この色のない線は無機質な廃墟を描くのに相応しいかもしれない。
だが私は少し残念な気もした。
「……アンタこんな所で何してる」
不意に声をかけられた。
顔を上げるとそこに男が一人立っていた。ボロボロの衣服に痩せ細った体。右手に金属製の棒が握られている。
これもそこらの廃墟と同じどこにでも見られる存在だ。出会ったことも何度かある。
経験上どのような用か何となく判っていたため、私は今の質問に答えず先の言葉を紡いだ。
「金銭は所持していないな」
「……」
「一応食料はあるが、あなたに施せるほどの余裕もない……どうする?」
次の瞬間、男の持っていた棒が勢いよく振り下ろされた。
私は完成させたばかりの画を見た。
自分でいうのも何だがこれは良い出来だ。今まで描いてきた中で一番と言ってもいい。
しかし当然の事ながらこれもまた灰色でのみ構成された画だ。
目の前に広がる風景を見る。
確かにそこにある廃墟は彩度を失っている。しかしそれを取り囲む空や大地には鮮やかな色があった。
私は、できればこの画にも色をつけたかったのだ。
だが手元には普段使っている鉛筆と、先程手に入れた赤しかない。
目の前の風景に赤い部分がないのが残念で仕方なかった。