第84期 #18
父の形見の一眼レフを探したが、急いで家中を回っても見つからなかったので、携帯電話に付いてるカメラで撮った。少々荒い画像にはなったが、とりあえず目当てのものを記録出来た。
随分進歩したけど、これはまだまだおまけだね。由美子にそう言うと、彼女は少し考えてから疑問を口にした。
なんで、空なんか撮ったの?
なんでよ。綺麗だからと言うわたしに対して由美子は呆れたようだった。
だって、ただの青い写真じゃん。
たしかにね、と思う。三時過ぎの雲一つない空というのは、まともに考えれば、つまらないものなのかもしれない。けれども、一つの色が満遍なく広がっているというのは、それはそれで綺麗なものだとわたしは思った。
由美子にはそういう微妙な気持ちが分からないようだった。わたしも、べつに分かって欲しいとは思わなかった。
それより、さ。ごはん食べようよ。
最近また太った由美子はすっかり空腹なようだ。一食抜いても、その分他で食べたら変わんないよ?そう言うわたしに、彼女は膨れっ面をする。
だって、お腹が減ったんだもん。
学生の頃はそれでもまだ可愛かった。あの頃、愛くるしいピグレットだった由美子も、今ではすっかりプーさんだ。可愛い子豚ちゃんとは到底言えない。食いしん坊で、緩慢な動作の、太った熊。愛嬌があるだけ、マシかもしれないけど。
由美子にそんなことを言うと、また彼女は膨れてみせた。
もう、最っ低。笑いながらそう言って、わたしの胸を叩く。案外それが結構痛くて、でも痛がってる自分を見せるのが恥ずかしくて、痛いの代わりにスパゲッティでも食べようか、と言ってみる。
作ってくれるの?
うん。由美子は顔を輝かせるが、そういう表情はあまり彼女には似合わない。視線をスライドさせて窓の外の方を見て、遥か遠くの方に微かな紅色が差し始めるのに気付いた。ちょっと待って。そう言って、またバルコニーに素足で出る。あまり成果は信用していなかったが、携帯のへぼカメラは意外にも、夕方前の水色と透明に近い赤色のグラデーションを収めてみせた。
今度はちょっと綺麗かも。
横から小さな画面を覗き込んできて、言った。それとやっぱ、昼食は私が作る。そう付け加える。
なんで。今度はわたしがそう言う番。
思い出したの。
お義父さんのカメラ、間違って捨てちゃったのよ。すまなそうにそう言う由美子を見て、プーさんもそれはそれで魅力があるなと思う。