第84期 #19
彼女は買いたての猫のようにアンテナを四方へ伸ばして自らのテリトリーを広げていた。私はテレビデオのスイッチを入れた。
白い部屋と手術台。寝かされた修造。彦麻呂と曽根がメスとフォークを持って両脇に立つ。傍らのカセットコンロには鉄板と湯の張られた鍋。
「いつもすまんなあ。こればかりはしゃあないんや」
「わかっとるって。これも妻のつとめや」
彦麻呂は慣れた手つきでエの字にメスを入れ、腹の皮を両側にめくった。修造は目をひくつかせながら天井を見つめている。
「綺麗に詰まっていて、まるで宝石箱やなあ」
「プライベートでそんなん言うなや」
彦麻呂が一口大に薄く切り分けたレバーを鉄板に押し付けると、じゅっと音を立てて鉄くさい香りを立てた。そこに塩と黒胡椒を振りかける。
「タバスコとってくれや」
「ルール違反やで」
「じゃあなにか、あとでタバスコ飲むんはいいんかい」
「やればええやん」
「ええから黙ってわたせや」
曽根は舌打ちして、タバスコの口を台に叩きつけて割ってから、腹の中に盛大に振りまいた。瞬間、修造は全身を強張らせて目を見開き、涙をこぼした。
「これで文句ないやろ」
「こっちにかけたかったんや」
「ここにつければええやろが」
まあええか、と彦麻呂はレバーを腹の中のタバスコにつける。焼きすぎたレバーはぼそぼそとしてあじけない。
「これ膀胱やんな?」
言いながら曽根は、膀胱を握り締めた。
「みてみ、こいつお漏らししとるで」
からからと笑う曽根に彦麻呂は目を細め、鋏で切り取った腸を湯に浸けた。
「これ胃やんな、遊んでもええか?」
「ええよ」
曽根は胃を握り締め、口から吹き出してむせる修造を見て、きゃっきゃっと騒いだ。胃を引っ張り出して管を切り、袋を口に当ててつぶやく。
「あんた、好きやで」
修造の口から響いたその言葉に、彦麻呂は決まり悪そうに顔をしかめた。
「ほら、修造はあんたが好きやって!」
「あほか、わしにはお前しかおらんよ」
曽根はのどの奥でふふと笑い、子宮に手を伸ばした。
「そこはあかん」
「なんでや」
「そこにはわしの子が入ってるんや」
彦麻呂は丁寧にメスを操り、ちいさな子宮から指ほどの小さなひとをつまみ上げると、それを湯に浸し、やがて諦めたように口に放り込んだ。
曽根はまっくろな瞳でそのさまを見つめた。
彼女は伏し目に、食い入るように画面を見つめ、冷蔵庫の中にこんにゃくしか入れていない私は彼女の腰を抱いた。