第84期 #16
ペットを飼おう。
独り身に耐えられなくなった俺は、会社帰りにペットショップに立ち寄った。
「飼いやすいのとかあります?」
「それでしたら『こたつむり』など如何ですか? 大人しくて粗相もしませんよ。餌も手軽です」
「……『こたつむり』」
ふと、店のど真ん中のフロアを独占する『こたつむり』に目がいく。
長い黒髪を床に広げながら眠そうな表情で炬燵に入っている彼女に、俺は一目惚れした。
「あの子を買うよ」
「ありがとうございます」
『こたつむり』は翌日、軽トラの荷台で運ばれてきた。相変わらず眠そうな表情をしている。彼女は俺が押入れから引っ張り出してリビングに設置した炬燵を発見すると、自分のいる炬燵からもそもそと出てくる。
炬燵から出た彼女は美しかった。長い黒髪と白い肌のコントラスト。蠱惑的な肢体。一切の無駄がないその姿形は、たとえTシャツにジャージという格好であっても見惚れてしまうほど美しい。
やがて彼女は俺の炬燵に入り込む。引っ越し完了と言ったところか。
「『ミカンが好物』か。安いのでも大丈夫かな」
炬燵の上にミカンを置くと、彼女の手がゆっくりと伸びてそれを掴む。そして皮を剥き、剥いた皮を卓上に放置して食べ始める。食べてる彼女も可愛らしい。
「俺もメシにするか」
簡単な野菜炒めと味噌汁を作り、冷蔵庫から冷えた発泡酒とご飯を取り出す。
俺はそれらを炬燵の上に並べ、そして自然に炬燵の中に脚を突っ込んだ。
「ひゃうっ」
彼女が変な声をあげる。
「悪い。入っちゃダメだったか?」
慌てて炬燵から出て彼女の様子を伺う。うつ伏せから仰向けになって現れた彼女の表情は、何とも形容しがたいものになっていた。
「はし、ちょうだい」
彼女はそれだけを告げる。
慌てて箸をもう一組取り出して渡すと、彼女は起きて卓上の野菜炒めをつまみ始めた。
「おさけ」
俺はもう一本発泡酒を取り出して、彼女の前に置く。ちびちびつまみながら、くぴくぴ呑む『こたつむり』。
俺は恐る恐る炬燵に脚を突っ込む。彼女の足と俺の足が触れる。
沈黙。
どうやら、許されたようだ。
「おいしい」
彼女はそう一言だけ漏らした。
時間がゆるやかに流れていく。
この子を買って正解だったと心から思った。
俺は、もう一度だけ自分の足を彼女の足に触れさせた。