# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 悩ましき大問題 | 三毛猫 澪 | 1000 |
2 | ボクカノ | アンデッド | 969 |
3 | 私の好きなもの | リベルテゆき | 515 |
4 | 映画 | ケント | 1000 |
5 | バイクで走る | 灰棚 | 600 |
6 | ケイ | 青山るか | 986 |
7 | nikki | かやこ | 982 |
8 | ベイビィポータブルボム | キリハラ | 948 |
9 | ラストシーンはせつなくて | カラコロモ | 533 |
10 | 夏の続き | わら | 1000 |
11 | 確変男になりたいよう | Revin | 1000 |
12 | エゴいスタア | 金武宗基 | 630 |
13 | 夏の魔物。 | のい | 964 |
14 | 超宇宙戦機ボルティック・ドライオン | 彼岸堂 | 1000 |
15 | ふえるワカメ | K | 1000 |
16 | コント「ブランコと僕」 | 高橋唯 | 1000 |
17 | 赤い糸 | qbc | 1000 |
18 | 午後五時四十五分の悲鳴 | 宇加谷 研一郎 | 1000 |
19 | 恋心談議 | 黒田皐月 | 1000 |
20 | 『幻獣料亭』 | 石川楡井 | 1000 |
21 | イゾルデ | みうら | 1000 |
22 | 箱庭 | クマの子 | 1000 |
23 | 夏の鐘 | euReka | 987 |
24 | 飼育の関係 | 笹帽子 | 1000 |
25 | 師の教え | 篤間仁 | 1000 |
26 | その信仰は崩れない | えぬじぃ | 1000 |
衣替えの季節は、いつも乗り遅れてばかりだった。
「寒がりだから」と言い訳しても、ほんとうは照れくさいだけ。みんなが夏服に移行し終わってから、やっと右へ倣えする。なんでもない衣替えでも小心者の私にとってはドキドキの一大イベントなのだ。
そんな自分が嫌で、今年は思いきって勇気をだしてみることにした。
先陣を切る真っ白なセーラーは初夏の朝陽に眩しくて、思わずニヤケてしまう。ショーウインドウに映る見慣れない自分の姿に、少しだけみんなより大人になれたような気がする。これって自画自賛かな。それとも自意識過剰ってやつなの。
早めのバスに乗ったおかげか、知った顔に出会うこともなく校舎に辿り着けた。廊下を歩きながら時計をチェックし、そのまま教室の前を通り過ぎ、物理教室へ向かうことにした。物理準備室は写真部の部室を兼ねていて唯一この学校で私が落ち着ける場所なのだ。
カバンに隠しておいた間服を引っぱり出し「やっぱ、やめようかな」と悩んだりする。似合ってないだろうなとか、夏服を着ているのが私だけだったらどうしようかなとか、考え始めたらとまらなくなってしまう。ほんと、どうしようもなく小心。
こんな自分を変えようと決心したはずなのに。思いは堂々巡りから抜けだせない。
そうこうしていると物理教室のドアがガラリと音をたてて開かれた。
やって来たのは後輩の紗希ちゃんだった。
ふたり、目を見合わせ暫し唖然とする。
なぜなら紗希ちゃんも真っ白なセーラー姿で、しかも彼女は私以上に引っ込み思案なのだから。
きっと彼女も私と同じ思いだったんだろうなあ。
「似合ってるよ」
私がそう言うと、どちらからともなく笑みがこぼれた。
いちど転がりだした笑いは、なぜかとまらなくなり。ふたりで大笑いしてしまった。
紗希ちゃんは涙目になりながら「うん。先輩も凄く似合ってますよ」と言ってくれた。
さすがに「ヘタレ同士で傷の舐めあいだね」とは口にできず「ありがと」とだけ返しておいた。
もう少しすれば予鈴が鳴る。
ふたり並んでケータイで記念撮影。
すぐに映り具合をチェックしてみる。さすがに写真部だけのことはある。なかなかのできだ。ケータイに納まったふたりは、いつもより愛想がいい。
「イケテルよね」
「うん。イケテル」
一本ではヘナチョコな矢でも二本だと折れ難い。私の心もなんとか折れずにすみそうだ。
私たちは、やっと教室へ行く決心がついた。
「――すぐの実行は無理だ。だが機会は今しかない。伝達系が定着するまで……三日だけ我慢してくれ――」
*
今日、僕の部屋に初めて彼女がやって来た。
僕にはこれが三度目の彼女だ。うちにあげるのも彼女で三回目。
部屋に入った彼女は落ち着きなくキョロキョロしていた。そんな彼女を手早く着替えさせる。
初めてだから緊張しているね。これからずっとなんだから、慣れてもらわないとね。
そう囁いて彼女を引き寄せた。
――出逢いは鮮烈で、僕は一発で彼女を見初めてしまった。艶やかな毛並み、潤んだ瞳、優美な肢体。全てが完璧。
目が合った一瞬で僕達は通じ合った。
僕は金を惜しまずショップのオーナーと話をつけた。手続きやらで、連れ帰るまで数日かかったけれど。
彼女が来て二日目。
彼女は部屋の隅で静かに寝ていた。首には真新しい首輪が巻かれている。
ペットは室内で飼う物だ。そこは心得ていた。
犬よりも身軽な存在だから、勝手に出歩かないようにリードで繋いである。トイレも作った。
躾も早くからした方がいい。彼女の可愛い耳と尻尾を見ながらそう思った。
ご飯時にはミルクと焼き魚を用意した。
彼女はミルクを舐めて、魚を器用に食べた。
僕が教えた通りのいい子だね。どうだい好物は。美味しいかい?
その夜、僕は彼女の寝床に潜り込んだ。
そして彼女の中で射精した。
彼女が来て三日目だった。
耳と尻尾を剥ぎ取った彼女が静かに笑っていた。
僕がつけてあげた耳と尻尾、気に入らなかったの?
鋭い眼差しで睨みつけてくる。僕は興奮した。
「もう変態コスプレごっこは終わり。お前みたいな豚がいるから奴隷制度がなくならないんだ。いなくなれ糞野郎」
彼女の左目の瞳は赤く染まっていた。歪んで引きつった笑み。僕は興奮する。
「五、四、三」
指を折りカウントダウンをしている。
「二、一、ボン」
カチッと音がすると、白い光が全てを埋め尽くしていく。
ははは。僕の勃起は萎えた。
*
『――昨日、テログループによる爆破テロがまた起こりました。現場となったのは都心の高級マンションで、多数の死傷者が出ました。中には連邦議員である山本政志氏の孫、山本正義さん二十歳の名もあり、テロの標的になったのではという見方があります。連議の山本氏は強固な保守派として知られ、氏に対する報復と警告の行為ではと――』
雨の日に 傘をさして散歩するのが大好きだ。
傘に当たる あのポツポツ・・・という音色が
たまらなく好きだ。
天気の良い日に、外で思いっきり
走るのが好きだ。元気に元気にね!
大声出して 汗びっしょりかいて、
大笑いして!!
イケメン大好きだ。なぜか優しい香りまで
もれなく ついてきそうなイケメン
大好きだ。テレビのドラマで出てくる姿を
妹はいつもキャーキャー言いながら
欠かさず見てる。
高校生の分際で勉強なんかしてる様子を
少しも覗った事ない・・・
イケメンに注ぐエネルギーを少しは
勉強に注いだら???
無理か・・・ま・・・いっか・・・
オムライスの卵の黄色が好き。
ケチャップの赤も好き。
もちろん味も大好きだけど
見ているだけで気持ちがワクワクする!
サッカー場の緑の芝生が好き。
プロサッカー選手の姿も好き。
真っ青な空も好き。
チョコレートの茶色が好き。
みかんのオレンジ色が好き。
目の覚めるようなショッキングピンク!!!
たまらない!!!
真っ白なウエディングドレス・・
憧れる・・・
私の好きなもの・・・
私の好きなもの・・・
アジサイの紫・・・
そう・・雨の日に一段と色鮮やかな
紫のアジサイ・・・
・・・
今すぐ全てを手に入れたい・・
生まれつき盲目の、私の好きなもの・・・
「クーラーを入れろっ!」
と桑沢が叫ぶ。観客が一同振り返って俺たちを睨む。映画館の中は、たしかに異常なくらい熱かった。それでも俺は桑沢を小声でたしなめる。
「よそうぜ。な? みんな涼しげな顔で映画に熱中してる。そういうことはさ、桑沢の一存で決められることじゃないんだよ」
しかしそういった俺自身、頭がクラクラして今画面に映っているものが何なのか判然としない。不定型なイメージの光が恒常的に膨張していって、全身を、焼き尽くし溶かしつくして――
――まどろみから覚めた、と眼前に直径10メートルくらいの真っ白な光の球が浮かんでいて、不如意に開けてしまった双眸を激しく射た。顔を逸らし、眼球に焼きついた赤と緑に点滅するに光の痕を眺めながら、今見たのが太陽の正体なのだな、と気付くのに約20秒かかってしまった。
いつの間にか、カメラクレーンの「昇」スイッチを押して眠ってしまったらしい。それで天井近くまで昇ってきてしまったのだ。まだズキズキする目で俺は「降」のスイッチを押し、頼りなげな細い命綱がちゃんと自分の腰に装着されているのを確かめ、なおかつその綱を握った。
クレーン台の端から見下ろすと、眼下に鮮やかな都市の大パノラマが映った。ビルが立ち並ぶ繁華な街に、人々が溢れ、生活している。
俺は急激に感動を覚えた。専門学校の講師の神藤が「映画は一人では作れません。だから面白いのです」と宣ったのを思い出し、ざまあみろ、ちゃんと一人で映画を撮れる時代が来たのだ、と思った。あのビルの、向こうの向こうのビルも、書割じゃないのだ。
ファインダーを覗き、望遠に合わせ、主役の二人のロボットを見た。カット38の演技を終え、抱き合ったまま完全に静止していた。しかし、クラウドロボットのほうは、主人公たちの動線を極自然に交わしながら、動作している。奇妙に不可思議で滑稽な絵だった。クラウドの方が通り一遍の動きしか出来ない筈なのだ。
ふと映画館から出てきたクラウドに、ぼんやりと記憶の底にある顔を見た気がした。あれは中学の同級生の山尾富士子だ、そうに違いないとその時何故か思った。俺はあのひとの爪の先をいじっている癖が好きだったのだ。そうだそうだ。
確かめたいのにクレーンが遅々として降りていかないのに俺は苛立った。
突然目の前が突然真っ暗になった。太陽が切れたのかとか失明したのかとか、それはもう、ちょっと良く分からない。
陽が傾き、青い空が少し赤みを含んできた。
俺はバイクに跨り、走り出した。
仕事帰りの人や買い物をする主婦、部活帰りの学生や遊んでいる人を横目に俺は海へと向かった。
小一時間かけて海に着き、海岸にある防波堤に座り、太陽が海に落ちていく様を、煙草を吸いながら見守った。
ああ、今日も一日終わってしまった。
バイクで海に来てそう思うのが、一日の最後の日課になっていた。
仕事のある日は職場から直で此処に来てはこんな事をしていた。
陽が完全に落ち、空は星が少し輝き、海は深い闇を震わせ、地上は傲慢な光で溢れていた。
俺はバイクに乗って、来た道を戻り始めた。
小学校、中学校、高校、大学。
そして就職して、仕事をして生きていく。
平穏で幸せな人生なのだろう。
だけど、何かが違う。
いつからかそう思っていた。
外灯に照らされた道をバイクのヘッドライトで照らされている方向へと疾走した。
遠くの方の信号が赤になり、俺はブレーキをかけ、停止線の前で止まった。
ふと横を見ると、外灯の無い道に何かが動いたのが見えた。
俺はそれが何なのか凝視した。
それは不思議なものでも何でもなく、ただ女性が道を歩いていただけだった。
外灯に照らされぬ道を、物怖じせずに平然と一歩一歩前へと進んでいた。
その女性にとってはもう慣れている行為なのかもしれない。
けど、俺はその姿を見て、格好良いな、と思った。
信号が赤から青に変わり、俺は外灯に照らされた道をバイクで走り去った。
自動改札を擦り抜けるときや、エスカレーターに乗ったとき、大切な何かを忘れているんじゃないかなと、ふと気になってしまうことがある。
僕はそんな感じが嫌いではない。
なにか、懐かしい気持ちがする。過去に後ろ髪をひかれる感じ。
感傷的なとは思いたくないけれども、もう二度と戻ることのない過去に想いを馳せているのかもしれないのだから、充分センチメンタルなのかもしれない。
久しぶりに映画を観たせいか、眼がとても疲れた。
僕が椅子の背をたおして目を閉じていると、すぐ傍でTVを観ていたはずのケイの安らかな寝息が聞こえてきた。
彼女の掌には、未だに傷の名残がある。自分で石を掌に擦りつけたのだ。
自傷癖があるわけではなかったけれども、もうどこにも逃げ場がなくて咄嗟に傷つけてしまったのだと思う。
あのときケイは、深夜にぼくの部屋から飛び出した。歩いて家に帰ると言い張って、譲らなかった。
むろん、そんなことできるはずもない。目黒から神奈川まで歩くなんて。
やっとなだめすかして連れ戻したけれど、どうしても部屋のなかに入ろうとしなかった。
ドアを開けたまま、ぼくは横になった。
「勝手にしろ!」
あれから、いっしょに暮らすようになった。最後にふたりで銭湯にいったのは、いつだったか。
あのアパートは、まだあるだろうか。
若いって素晴らしいことだけれども、怖いことかもしれない。
映画のあと入った喫茶店で、ケイがいった言葉を思い出した。
「時々ね、自分の心の中の物を小箱に入れて、海に捨てられたらどんなにいいかと思うの」
ぼくはそれには答えずに
「ふたりで齢を重ねてゆくってことは、素晴らしいことだよね」といった。
彼女は何も言わずに遠くを見るような目をした。
ぼくは、そんなケイのなにも映じてはいない、その眸を盗み見ながら思った。
大粒の涙を流すキミをもう二度と見たくない。
これまでに幾度となく、僕はそれを経験してきた。
実は、キミのこと世界中でいちばん嫌いだったかもしれない。
でも、ぼくも少しは大人になったよ。
キミのいいところ、いやなところ、すべてを受け入れるよ。
もうぼくは、自分のことを考えない。
考えだすと、苦しみはじめるだけだから。
だから……。
僕がキミの小箱をゆずり受けるよ。
キミを救うためならば、一緒に地獄にだって堕ちるさ。
キミを護るために生まれてきたんだから。
空は、雨が降りそうで降らない、くもり。
あたしは小さなあくびをして、パソコンの画面に向かう。
ついこの間梅雨明けを宣言したニュースは、連日の雨に何の責任も感じないかのように、白々しく政治家や芸能人の顔を移す。あたしはそんなことより、明日晴れたらいいなと思う。
今日の朝はいつもより早く起きた。いつもより早く会社に行かなきゃいけなかったからだ。でも、いつもより早いその起床時間も、既に家を出なきゃいけない時刻を過ぎていた。
携帯電話のアラームが空しく響く。画面は暗かった。やたら電池を食う有機ELディスプレイが壊れたのは三日前の朝。だからアラームがセットできなかったんだと苦しい言い訳をしてみて、でも直す気分にもなれなくて、とりあえず携帯電話のスピーカを枕に押し付けて音を殺した。
シャワーも浴びずに家を飛び出す。昨日化粧を落とすのを忘れて寝た。肌年齢が上昇するのを感じる。この間、四捨五入で三十路を迎えた。着々と近づく寿命の足音。子供だったのはずっと昔。道端の三輪車の黄色がムカついたので思い切り蹴飛ばした。遅刻なんて言葉がなかった時代。そんなのもう永遠に来ない。否、いつかは来る。でもそれは時間すらも無くなる時だ。マイスター・ホラも死んだ人間の時間の花は管理してくれない。
暑い。暑い。人いきれが耳に痛い。電車内はちっとも涼しくなかった。ドアが開いて、新宿駅にべろっと吐き出される。そのまま地下鉄に乗り換えて一駅。大きなビルに走りこんで、エレベータで運搬されて、パソコンを取り出して、立ち上げて、今のあたしがいる。
小さなあくびをする。もう一回。あたしは今、何をしてるんだろう。高いビルの真ん中で、空を見て晴れたらいいなって考えているあたし。政治家が汚いことをしてても、芸能人が熱愛してても、上司がいらいらしてても、どっかで誰かが苦しんでても、身近な誰かが死んでいても、あたしは何事もなく、明日晴れたらいいなって願うんだろう。青空が見たいなって思うんだろう。遊んで、食べて、寝るんだろう。
なんだかきっと、それだけのこと。
なのに妙に悲しくなって、あたしは慌ててパソコンの画面に向き直った。仕事、仕事、恋愛、趣味。Googleで調べて答えがあったら素敵なのに。でもそんなの幻想だってことはわかってるから、あたしはこっそりインターネットを立ち上げて、明日の天気を調べてみた。
くもり。
理科室に集められた補習組は、教師が三十七度の暑気から逃げ出したので、各々趣味に興じている。
「野球部うるせー」
うんざりげな志穂がふんぞり返って水に当たる脇で由宇は文庫本を読んでいたが間もなく閉じ、眼鏡越しにごちる。
「声を出すのが仕事なんて無意味ね」
その台詞を合図に赤点女子が動き出す。明美は鞄を探り、千秋は火薬の小瓶を机に揃える。志穂はボブを整えて指揮官の顔になる。
「装備は?」ぶっきらぼうに明美。無敵の狙撃兵は勉強以外常に冷静さを崩さない。
「水風船」
「水鉄砲」
「スナイパーライフルじゃないのか」
「いや、死ぬし」志穂がけらけら笑う。
「爆弾、入れて良いかな」
「いいんじゃん?」
千秋が嬉しげに微笑む。一見気弱な少女の心の闇は積乱雲のごとく深い。
入道雲の絶壁と低い空に応援声が響き、白球が弧を描いて理科室の窓にぶつかった。四階とグラウンド、開戦の礼砲。
「誰よ打った馬鹿」
「二年の西岡ね」
「悪い人じゃないよ」
「知るか」
四人は喋りながら準備を整えて行く。強化水鉄砲、ペイント弾入りの狙撃銃、水風船の山、小型爆弾、致死性の無い武装だが裏にある知識と殺意は色濃い。戦士の表情が理科室の淀んだ空気を一つの流れに纏める。
開け放たれた窓から湿気を含んだ風が吹き込んでプリントを吹き飛ばす。千秋の悲鳴をものともせず、志穂は照準器を覗き込んで投手めがけ無数の水弾を撃ち込む。振り被った体勢から二塁方向へ弾き飛ばされエースは最初の犠牲者と化す。野球部の目が理科室に向き、部員達から罵声が飛ぶ。砂で汚れた白球が投げつけられる。
「殺すぞテメー!!」
「こっちの台詞だあ!!」
指揮官の啖呵をきっかけに戦争が始まる。乱れ飛ぶ水風船と水弾、更には所々で控えめな爆発が起こる。当初は反撃を試みた野球部も高度の差と弾幕に劣勢を強いられ、遂には逃げ出す一年生が出る。攻撃は止まない。レギュラーは明美の狙撃で一人一人倒される。補欠は水風船にすら恐れをなす。とうとう監督が出てくるも、これ幸いと千秋以外の三名が窓に足をかけた。
「やるよ」
「いいわ」
「ヅラ吹っ飛ばす」
千秋が不安げに残った兵器をばら撒く中、監督の頭に集中砲火をくれる戦士達。戦争が夏の始まりを告げる。勝利宣言とばかりに水道を全開にした理科室を四人の笑い声が満たした。
男「小説を書こうと思ってるんだけど」
女「どんな小説?」
男「対話形式のわかりやすくて、ラストシーンが意外なやつ!」
女「それならもうすぐ完成するわよ?」
男「えっ! なんで?」
女「ここにあるじゃない!」
男「どこに?」
女「まだ気付かないの? あなたと私が今、話してる、この会話が終わった時、一つの作品が完成するのよ!二人とも実在の人物じゃないし、これ自体が小説そのものよ!」
男「そうか! 僕たち自身が小説なんだ! ん? でも、どうやって終わらせる? 君と僕、二人しかいないんだぜ」
女「そうね、小説はほぼ完成してる! 私とあなたは小説の登場人物。二人が喋っているかぎりこの物語は永遠に続いてしまう……二人では終わらせることはできない」
女「会話が途切れた瞬間、銃声が二発、セピア色の静寂を引き裂いた。男と女は、すべてを終わらせるためお互いの心臓を撃ち抜いた。そして会話は終わり、物語は完成した。と、打ち込んでくださいませんか。そこでこの小説を仕上げるのに四苦八苦している、あなた! これが二人のラストシーンです!」
作者「わかりました。そうします」
作者は物語の主役に従った。
会話が途切れた瞬間、銃声が二発、セピア色の静寂を……
二人は永遠に眠り、物語は完成した。
〈完〉
夏休みの終わりにクラスの女子が交通事故で亡くなった。
告別式からの数日は瞬く間に過ぎた。文化祭と体育祭を一緒にした学園祭が待っていたのだ。
みんな初めての学園祭に沸き立っていた。みんな笑っていた。この間あんなに号泣していた連中も笑っていた。なんとも薄情だなと思っていたが、クラスで出すお好み焼きを試作して、応援合戦の練習をしているうちに、僕も同じように笑っていた。
学園祭は一、二日目が文化祭、三日目が体育祭という編成で、体育祭は全生徒による応援合戦に続いて団対抗リレーという流れでフィナーレを迎える。学校やクラスに帰属意識を持たない僕のようなひねくれ者でも、否が応にも気持ちが高ぶってくる。
体育祭の各種目は、全学年をクラスごとに縦に割った八つの団で競う。僕らは八団で、応援合戦の順番も最後だった。七団が終わってこれからというときに、クラスの女子が遺影を取り出した。
殴られたような衝撃が走り、頭が真っ白になった。
こんなことを言うのは死者への冒涜かもしれないが、その時僕は遺影の女の声を聞いた。
「そろそろ学園祭も終わりなんだから、その後はちゃんと喪に服しなさいよ」
我に返って周囲を見渡しすと、みんながみんなうなだれていた。
悲しいからではないと直感した。何人かを除いて、クラス全員がばつの悪そうな顔をしていた。
振り向いた先には三年の団長がいた。あの顔は忘れられない。先輩は興ざめしていた。修学旅行も高校総体も終わり、この後はもう受験だけの先輩にとって高校最後のイベントだ。団長をやるくらいだからモチベーションも高かったろうに、最後の最後で水を差されたという顔だった。
罪悪感。
なんなのだ、この罪悪感は。学園祭を楽しんで何が悪い? そう思うのは僕だけではないはずだ。だが誰も何も言わず、ただ気まずそうな顔で俯いていた。
卒業アルバム用の写真を撮っているカメラマンが近寄ってきて、僕らをけたたましいシャッター音とともに撮影し始めた。テレビでよく見る、マスコミに囲まれた容疑者の気持ちがわかるような気がした。
「カオリと一緒に、がんばろうね!!」
遺影を抱えている女子が、泣き出さんばかりに叫んだ。教職員や保護者席から拍手があがり、続いて他の団からも拍手が起こった。僕らは鬨の声を上げるでもなく、とぼとぼと配置についた。団長は恨めしげに、拍手している他の団を見渡していた。その横顔も忘れられない。
朝九時からずっと打っているCR新世紀エヴァンゲリオン最後のシ者は、既に俺から4 yukichizを奪い取っていた。もうすぐ1000回転に至りそうであり、隣のバアさんが、気の毒そうな表情で俺の方を時折チラ見している。まだ前途有望そうな若者が、平日の真昼間に、出所の知れぬ金を延々とつぎ込んでいることに対する焦燥に似た感情が、ゆっくりと伝わってくる。珍しいことだ。自分の周りの台の状況に関心が向くことはあっても、その前に座っている人間に興味を抱く例は少ない。ましてやバアさんは6連して確変中であり、連チャンストッパーとなる次回予告演出がまさか出ないだろうな、と傾注していなければならないのだから、むしろこちらが緊張するというものだ。ああクソが。また金枠ステップアップで外した。普段は押さないチャンスボタンを連打し始めたら、もうヤメ時だというのが俺の設定した基準の一つだったが、今日は確変バアさんのお陰で、席を立つタイミングを逸している。くそお、その憐憫は稀有で尊いが、余計に俺を破滅へと導いていることに気づいてくれ。こんなことなら、牙狼を打っておけばよかった。などと、投資した事実をなかったことにして、別種の台でその貸玉を費やしていたら結果は違ったと考えるのも泥沼の証である。「あの溶解液、危険ね」。綾波レイは静かに呟いて、もう何度目になるのかも知れぬ闘いに赴いている。溶解液というよりも、溶解液とともに流れ落ちてくる数字の方が危険なのである。加持さんの「2」が残ってくれることを俺は祈っている。ああ、レイが俺の大当たりのために闘ってくれている。レイが不憫だ。覚醒モードでは単発図柄にされてしまっているリリス。レイは確変バアさんから見た俺のように不憫だ。確変中のバアさんが俺を不憫がり、確変図柄のレイは俺に不憫がられている。確変と確変に挟まれた俺はいったい何なんだろう。あれ、当たった。
単発が出て時短が終わり、箱の中の球も店員を呼んで後ろに積むことなくごっそりと消えた。俺のハマリが解消されてしまうと、バアさんは俺の方を見なくなった。「使途、襲来」で単発を引いて、あっさり終わってしまったのだ。俺に割かれていた余裕の気持ちが、元通り、液晶に向けられたのである。俺はやけになって、マクドナルドの紙ナプキンを機械に入れようとし、出入禁止になった。所詮は単発男だ。ああ、派遣に登録しよう。引けるかな、確変。
たっはあ〜、やっぱじっちゃんにゃあかなわねぇずら〜
おう。ナウなヤンガーやんげすとたい。
ゲストさんは退室されました。
ww。
。。。。ブーン、、、、
じさま、じさま!
んだおりゃ
世界の真ん中でチュウをするらしげな。
ジコチューのことけ?
わたしらもほら、
ん〜、、だべな、ずりゅりゅりゅりゅ〜
、、ほんなこつはげしか。@赤らむババ
ふん、せんなか。
ババにはだまっとったけんど、おいは今ポストっちゅうバイトしとっとばい。
配達な?
そんなとこたい。
しあわせをとどけるけんな。
恋文はよかね〜。
だろ?バリバリじゃ〜ん?
あらま!英語の恋文も!
煙が目にしみるぜよ。
あああ、龍馬さんごたる!
トメ!!
、、じっちゃん、、エラかね。否(ぴっ)涙を拭く。エロかね。
サトル、何A泣いてんの?ゲッ!あつっ!
姉ちゃん、、こいつらかなわんやろ?
ん〜、、エラかね。@泣く。
美しき哉。@手を合わすサトル。
@合掌の姉
§2
THIS IS A PEN
じゃ、ペンさん、挨拶を。
じすいずあぺ〜ん!
どっ!笑
なんがおかしかと?
どっ!爆
まあまあ、ペンさん、飲もう!
あたしドンピンいれちゃう!
きゃあ〜私も!ペンさん最高!
§3
ペンは剣よりつよかですか?
おいのあとにゃあ〜ぺんぺん草もはえやしにぇ〜
じさま、、こげな酔って、、 粋(わく)だねえ〜。わくわくするわい。
やんぐまん!わ〜いえむしえ〜
は〜なが〜ひらいて〜そ〜や〜んぐ!
ばあちゃん?
ん?サトル
ありがと。
んあ。
私は今…究極の選択を強いられている。
素直に謝るべきなのか?
それとも…
時間を稼ぎ謝らずにあがいてみるべきか?
これは究極だ…小学生の私にとっては給食のプリンとゼリーどちらをセレクトするかぐらいには究極である
対したことじゃないと思った大人達よ…デザートは大切だ!この前テレビでおっさんが「今の子供が勉強出来ないのは3時のおやつ(デザート)が無いからだ!」と熱弁していた。
いや…今そんなことは重要ではないのだ…ガチャッ
「ただいまーアイス買ってきたよ」
「・・・。」
神様…アイス食べる位の有余はありますよね
「私バニラ!」
「はいはい」
バニラアイスは何故美味しいのか…?香り、食感、味、温度その全てから作り出されるハーモニー
あぁ…幸せってコレですかね?
シンプルなバニラだからこそ店の味が分かるってもんよね…(コンビニのだけど)
「はぁ…美味しかったぁ」
さて問題はここから…現在午後4時28分
夕飯の午後6時まであと1時間と32分…
「やるしか…やるしかないのね」
とりあえず…えっと…
ナニコレ?『朝顔の観察』…いやいや無理でしょ、今夕方だし…却下。
次…は?『感想文』…無理よ、本読んでないもん…却下。
んあ?『自由研究』…今からじゃ無理だろ…却下。
はぁ…残ったのは
『国語』『算数』『理科』『日本の偉人レポート』
Lesson1『国語』
おっ記号ばっかりじゃん!よゆーよゆー
・・・あ?書き取り?
「…時間があっても足りるか!!」
Lesson2『算数』
ふふふっ私を舐めるなよ算数は得意だゼ!
「…なっ図形は卑怯だぁ!!」
Lesson3『理科』
「はっざけんな!朝顔観察してないと解けない問題なんて糞くらいだぁ!!」
Lesson4『日本の偉人レポート』
・・・知らね。
「ご飯よー」
ご飯…食べたら…ほら…ね?やるよ…絶対!いや…多分?
「いたーだきーます!」
「ごっつぁんでした、今日も美味しかった」
「お粗末様でした、そういえば宿題は?」
・・・
・・・。
「神様、仏様、ご先祖様、お母様!宿題…手伝って下さい…」
「あんた学校明日でしょ?!今まで何やってたの!」・・・説教etc
究極の選択
『素直に謝る』に決定…先生ごめん。
ははっ私は夏の魔物に見事に敗北した
そして永遠の魔物(母)にも勝つことは許されなかった…。これもある意味ひと夏の思い出…とでも言うのだろうか?
『夏休みは計画的に。』
「もうこんな世界ヤダ! 誰も私を理解してくれない! 死んでやる!」
十四歳でバカで優柔不断な私は、ビルの屋上で飛び降りる前に野次馬に向けて力一杯叫んだ。
すると、群集の中から一人の黒スーツが現れ、私に話しかけてくる。
「お待ちください。どうせ捨てる命なら、派手に使ってみませんか?」
そして私は最終人型兵器『ボルティック・ドライオン』に乗ることになる。
地球侵略を目論むガイスト星人と戦うために。派手に死ぬために。
「愚かな地球人よ、死ぬがよ」
「早く殺しにこいボルティックレーザー!」
「来たなボルティック・ドライオン。この魔将バーダムが直々に相手をし」
「名乗ってないで殺しにこいドライオンクラッシャー!」
「ふっ、ボルティック・ドライオンよ。お前の快進撃もここま」
「格好つけてないで殺しにこいライジングボルトドラゴンファイヤー!」
「さぁ、最終け」
「ハイパーエクストリームドラゴニックタイラントジェノサイドブレイカー!」
そうして戦いは終わり地球に平和が訪れた。
ガイスト星人の不死身の頭領、ゴッダマ帝王が復活することはもうない。私の最後の必殺技をくらって十一次元に永久に閉じ込められているからだ。
死を恐れない私の戦いっぷりに、ガイスト星人は成す術もなく、恐怖した。人類は私の活躍に歓喜しっ放しだった。
だが、死に損ねた私に対し全ては残酷なままだった。
戦いの後、地球人と和平を組んだガイスト星人が私を大量虐殺兵器だと言い出したのだ。あろうことか地球人の大衆も同意し、『宇宙平和かっこわらいかっことじ』を目指すこいつ等は私という存在をボルティック・ドライオンごと永久凍結することに決定した。
バカで優柔不断な私はやっと思い出す。「そうだ現実ってこういうものだった」と。
毎度こうだ。ほんの少し希望をチラつかせて、かと思いきや手の平返してぽぽいぽい。いくらなんでもヒドすぎやしないかい?
ちょっとでも「自分を理解してくれるかも」と思って頑張った私がバカだった。
うん、認める。私は本当は死に場所じゃなくて生き場所を探していたってね。
でもわかった。中途半端はよくない。初志貫徹。これが重要なのだ。
うむ、私は学んだぞ。
今度こそちゃんと死のう。
「もうこんな世界ヤダ! 誰も私を理解してくれない! 死んでやる!」
「お待ちください」
そして私は、最終ガイスト星人型兵器『ディベルア・クァクラ』に乗ることになる。
ある対象が感覚を通して浮かんでくるとき、乾燥したワカメが膨張するような状況がそこにあらわれる。つまりは《ふえるワカメ》ということだろう。ワカメが膨張するという事実はまあいいとして、それはおいとくとして、じゃあ膨張するまえのワカメはどこにあるのか。ひとつには、さいしょからワカメの元が身体にしこまれていて、で、目に見えるワカメは水分みたいなもので、それが浸透してワカメがふえてしまうということが考えられる。でもそれは間違っている。なぜならば《ふえるワカメ》は「ふえる」というくらいで、勝手に膨張するのだ。ワカメをみるまえにその元が身体のなかにあるのなら、ワカメをみないでもその元は所有されている。つまりは、それならば「ふやす」というのが適切ではなかろうか。
ということで、ワカメの元はきっと、ワカメにあるんじゃないかと思うんだけれど。
「そうなの?」
ちがうかな。
「それなら、ワカメをしらなかった場合は?」
その元をしらなかった場合、まあなんだかよくわからないけど、気味の悪いものが気味悪く膨らむっていうことになるね。そうなるね。
「じゃあ、《ふえるワカメ》はワカメに依存しているのではないってことじゃない? ワカメをしらなかったら海藻が膨らんでるだけだし」
いや、でもここでいってるのは、味噌汁なんかにいれるワカメのことでなくて、そのふくらむ状況そのものが《ふえるワカメ》なんだよ、ここ大事だよ。だからさっきいった「気味悪く膨らむ」ことが《ふえるワカメ》ということ。膨らむのがワカメであるにせよ、なんにせよね。
「そういえば、味噌汁さいきん飲んでないなあ」
そうなの。
「味噌汁って飲む? 食べる? どっち?」
なんだろ、啜るっていうのはどう?
「いや、それは口に入れるやり方のはなしだから、ちょっと違うんじゃない? ワカメは食べるでいいと思うけど」
すなわち、膨らんだワカメは食べなければならないわけだ。食べるということは噛み砕いて飲み込むということであって、胃にはいればそれはすでに食べた人の一部として機能しはじめる。胃液によって溶かされはじめたワカメはかたちを失う。人はまた新たなワカメを勝手に頬張りはじめている。
「ちょっと待って、あれなんだっけ、あの、どろどろしたやつ、海藻の!」
急を要するような口ぶりに虚をつかれてしまう。
「なにそれ、あ、モズクだ!」
えっと、なんのはなしだっけ?
「食べ物でしょ」
森を抜けた先にある丘はひらけていて、そのてっぺんにぽつんと大きな木が立っている。そこが僕たちの秘密基地だ。枝にぶら下がったブランコは丘むこうから吹いてくる風にしじゅう揺らされていて、森の暗さに慣れた目にぼやけて映るコントラストが幻想的に見えたこともあった。
僕たちはそこで遊んでいたんだ。
サンドイッチの入ったバスケットは開いたまま地面に置きっぱなしで、風に吹かれてことことと音を立てていた。
「たあああ!」
浜田はたっぷりと助走をつけてから飛び上がり、枝に吊られた松本めがけ両足を揃えてロケットのように突っ込んだ。その衝撃にいくばくかの木の葉が散る。東野は腹を抱えて笑い転げ、板尾はブランコをこぎながら目を剥いてその様子を焼き付けていた。僕は早く家に帰りたかった。
「あはは、しぶてえ」
「はさみうちしようぜ」
そう言って二人は対峙するように向かい合い、息を合わせて飛び上がった。ぐう、と前後からの衝撃に声が漏れ、二人はげらげらと笑い転げる。板尾は髪と体を大きく揺らしてブランコを高くこぎ上げていた。
縄は木を一周して瘤に留まり、松本は首と縄の間に指を挟んでなんとかしのいでいた。松本の下の土はまだ黒く湿っていて、耳を塞いでも悲痛な鳴き声が聞こえてくるような気がした。この前は野良犬だった。
浜田が松本のスカートを引いて縄を首に食い込ませる。腰骨に引っ掛かったスカートがやがてするりと外れると、板尾はブランコから飛び降りて松本の前に陣取った。松本は見下すような冷ややかな視線を向け、僕は思わず目をそらした。浜田は続けてブラウスのボタンに指をかける。露わになった松本の腹に東野は、拾った小枝をひゅんひゅんしならせて打ち付けた。激痛に身をよじらせ縄が首に鋭く食い込む。小刻みに痙攣する腹。松本は狂ったように暴れて縄に爪を立てた。
「よだれたらしてやがるぜ」
「きたねえ、あはは」
松本の白くてきめの細やかな肌は拳と鞭とでみるみる赤く染め上げられていく。板尾は股間を見つめていた。
やがて松本はびくんと数度身体を痙攣させて動かなくなった。股を尿がつたう。浜田が松本をブランコのように押すと、したたる尿は弧を描いて板尾の顔を縦に濡らした。それでもなお板尾は股間を見つめていた。松本はゆらゆらと揺れながら光を失った瞳で中空を見つめ、落ちた影は色づいて細長く伸びた。
もうすぐ日が暮れる。僕は早く家に帰りたかった。
木々高太郎の小説に、愛した人妻の心臓を<知悉してしまった>と呟く医学生の話がある。それを読んだ男は(俺も女の心音をチシツしてしまったなんて呟いてみたいもんだ)と思った。男には恋人がいなかったので、大きい兎のぬいぐるみを買ってきて、心臓にあたる箇所を裂き、目覚まし時計を埋め込んで縫った。
チクチクチク
耳をあてると、たった三秒で(君の心臓をチシツしてしまった)とアノ科白が言えたことに満足した。でもなんとなく、もっと聴いていたくなった。そうして眠りに落ちた。
ジリリ!
朝、六時の十五分前にベルが鳴る。男は起き上がって目覚ましを探すけれども、ベルは兎の心臓となっていた。
(しまった! オフにするの忘れた)
簡単なことなのである。もう一度裂いて、縫い直せばよいのだ。でも男はそれができなかった。それで自分がぬいぐるみを抱き、布団をかぶった。ベルはしばし鳴ったあと止んだ。耳を胸にあてると男がチシツしたアノ心音に戻っていた。
会社の昼休み、「七秒七七できたら皆でキスしたげるから、失敗したらお昼ごちそうして」と女子社員が男達をからかっている。
「俺やるよ」
男は挙手した。皆ニヤニヤしている。六階の屋上に何人も集まり、スカーフで目隠しをされた男は手に時計を握った。焦らなかった。もうチシツしていたからだ。
女たちは焦っていた。男が見事に当てたのだ。
(どうする)
(みんなでキスする?)
(嘘つく)
結局男が目隠しを外す前に時計を抜き取って、男は女子数人にランチをおごった。顔色一つ変えなかったが「ハズすなんて……」と男が呟いたのに黄菜子は気付いた。輪に入っていたけど黄菜子は嘘が嫌いだった。
五時に仕事が終って、真直ぐ帰宅する男の肩を黄菜子はトントンと叩いた。
「アレ当ってたの。嘘なのよ、ごめんね」
キョトンとしていたが「そおかそっかあ」とハシャギだした男に、正直黄菜子は驚いた。男が賭けをするのも、感情豊かにさわぐのも初めて見たからだった。
男は喜んだ。自分は時計を、心音を、チシツしてしまった、という誇りがあった。黄菜子の正直さにも打たれた。夕食に誘った。黄菜子は快諾した。
ところが男は急にぬいぐるみのベルが五時四十五分に鳴ることを思い出し、黄菜子にそのことを話した。黄菜子にはそれも意外だった。男が鳴くぬいぐるみを抱くなんて。心臓の音を知悉した、なんて。頬が赤くなった。
黄菜子も男の部屋に付いて行った。
「……ちょっと訊き辛いことなんだけど、良いか?」
「何だ? らしくない」
「人を好きになるってどんな気持ちかな、って」
「っ! 本気か?」
「まぁ、……な」
「人を好きになる気持ち、か。……よく言われることだけど、その人のことばかり考えるようになる」
「うん、それは確かにある」
「何をしたいかは人それぞれなんだろうけど、何にしても一緒にいたいって想像が止められなくなって、どんなことにも集中できなくなる」
「何って……、まぁ、やらなきゃいけないことまで放り出しそうになってるのは間違いないな。今もう、結構危ないところだ」
「そりゃ間違いないな、うん」
「やっぱ、そういうものか」
「それで、まだ相手に告白してないんだろ? そういう時って、期待と不安が混じって不安定になるって聞く」
「まったくもってその通り」
「でも、そういう時間がある意味幸せなのかもしれない」
「なんで?」
「まだ決まっていないことが、いろいろ想像させてくれるから。決まっちゃえば、めでたく両想いになれれば良いけど、振られたらそれで終わっちゃうし、最悪傷だけが残る」
「そう言われればそうかもな。嫌な想像もあるし、想像で我慢しなきゃいけないのが辛い時もあるけど、今なら想像で楽しんでいられるってところ、ある」
「でもまぁ、ストレスだよな。元気ではいられないか」
「よくわかるな」
「ちょっと痩せただろ。お前緊張に弱いもんな」
「バレたか。飯時に気になったりすると、飯が喉を通らなくて。弱った顔なんか見せたくないのに、何とかならないかな」
「うん、まぁ、そうだな……。本気、なんだな」
「そうみたい」
「……」
「……どうした? 難しい顔して」
「……うん、お前やっぱ早く告白した方が良い。げっそりしてからじゃ遅いと思う」
「そうなのか? だってさっき、告白前も幸せな時間かも、って言ったじゃんか」
「その、何て言うか……。お前がこのままだんだん元気がなくなってくのは、それをただ見てるのは、ちょっと嫌かなって」
「そうか……。じゃあさ、もし振られたときは」
「それはっ、……いやいや。その時は、慰めてやるよ」
「……わかった。なら、告白する」
「……ああ、行ってこい」
「いや、その……」
「ん?」
「実はおれ、お前のことが好きなんだ! 好きみたい……なんだ」
俺は驚きに息が詰まった。もしもこのまま俺が呼吸困難に陥ったら責任を取ってお前が人工呼吸しろよな、薄れゆく意識の中で俺は強くそう念じた。
数年来に会った友人が、今夜は奢らせてくれとせがむので、行きつけだという料亭に行った。仕事を探すと言い残して彼が姿を消すまでに、私が奢った回数は覚えていない。金額は相当なものになるだろう。出世払いとは言っていたものの、行きつくあてのない献金をしていたようなものだった。久々に会った彼の身なりはきちんとしていて、皺ひとつないスーツで、髪はジェルで固めていた。
個室に入り座椅子に腰を下ろすと、すぐにお通しが来た。小鉢の中に、くすんだ緑色の木の根が盛られ、黄土色のソースがかけられている。女将はマンドラゴラの酢味噌がけですと言った。
「マンドラゴラ?」
聞きなれない食材の名前に私が聞き返すと、女将はイングランド産ですと聞いてもいない原産地を教えてくれた。とりあえず、塗り箸で口に運ぶ。多少の苦味。濃い目の酢味噌とよく合う。
次は、握りの寿司。しかし普段見慣れたネタはない。蛸の一種かとも思われる深緑色の魚介類はクラーケン。歯応えは思ったより軟いが、身のざらつきは癖になる。焦がした鰻に似たヒュドラの蒲焼は、ほんのり香ばしく、鉄分臭さが独特の風味を醸し出す。牧神パンの握りは、一見白身魚のようだが噛むと獣臭さが口内に広がる。神クラスとなると稀少らしく、女将がこっそり耳打ちしてくれた時価は、到底私のような凡人には支払えない額だった。癖のない上品な味。馬刺しの握りかと思ったものは一角獣で、見た目こそ馬肉だが、滑らかな舌触りと甘い香りが特徴的だった。
次から次に料理は出てきた。切り身のステーキは、ペガサスとミノタウロスの肉。ペガサスは馬肉で、刺身に出来ないのは一角獣より血合いが多いかららしい。メドューサの血から生まれたのだから当然ですわ、と女将は笑う。ミノタウロスの肉は固かったが、脂身は少なく、聞けば歯ごたえは人肉と同じらしい。中国産飛龍の鍋。バジリスクのつみれと、ガルーダの串焼き。友人は不老長寿になるという人魚のカルパッチョを頼んだが品切れだった。酒は吸血鬼の血液の白ワイン割り。赤ワインと見た目は変わらない。酒がよく回り、デザートには夢魔の乳で作った杏仁豆腐……。
翌朝、部屋で目が覚め、二日酔いを労わりつつカップラーメンを啜った。美味しくもなんともない。ラーメンを流しに捨てると、私は身なりを整え、美味なる食材たちを探しに旅に出た。
かくして、私はモンスターハンターへの道を歩み始めたのである。
わたくしの、肉体をもたない半身であり恋人でもあるトリスタンがとうとう、
(もういいよ……ぼく、女になるよ)
といいだしますので、わたくしは、真実の愛が見つかる、と噂の遥か東国の物語――この本を譲ってくださったさる貴族は、二一世紀の書物が原本だそうですよとおかしなことを仰っていました――を参考にいたしまして、苦行をはじめる決心をしたのでした。
なにゆえ苦行というのか、それは――強姦、妊娠、暴力、堕胎、自殺未遂を短期間に経験し、仕上げに、近しい人が不治の病に冒され死んでいく様を見届けることによってのみ真実の愛に到達することができる、ということらしいからなのでした。
(そんな不道徳なことないよ)
とトリスタンはいうのでしたが、わたくしの決心は凪いだ海のように揺るがないのでした。
そしてその晩から、ブランジァンに頼み込んで真夜中の城を抜けだしては、ペリニスからひきだした情報をもとに街の物騒らしいところを徘徊し、男性を捕まえる生活をはじめました――もちろんそれは<強姦>でなければならないので精一杯抵抗いたしましたし、はじめのうちは控え目にいっても死んでしまいたいような痛みの連続でした。
(ああ……イゾルデ……ぼくのイゾルデ……どうして、どうしてこんな……)
連日にわたるトリスタンの泣き声――そして叔父を殺したコーンウォールの騎士の名がトリスタンだと知ったときの驚き――のためにわたくしの心は引き裂かれるようでしたが、街の産婆から懐妊していると聞かされますと、その傷も瞬く間に癒えたようでした。
産婆の家にあった刃物で手首を軽く斬りつけて城にもどりますと――死ぬ必要はないのですから傷の深さは問題ではないはずです――サビナの服用をはじめました。数日して、赤く、親指ほどの大きさのものが外にでました。
それから間もなく出会ったのが、毒に冒され死に瀕したタントリスなのでした。
けれど、どうしてでしょう、わたくしはタントリスを見殺しにできなかったのです。
そしてなんということでしょう。あのトリスタンが、わたくしの半身が、タントリスの看病に心を奪われているあいだに消えてしまったのです。
そのタントリスも、逃げるようにわたくしのもとを去りました。
近々、お父様が、竜を退治した者に王女をあたえる、というおふれをだすのだそうです。
東国の物語は燃やしてしまいました。
トリスタンは、まだもどってきません。
大学の友人が自分で作ったと云う箱庭を、彼の手から渡された。それは、あまり箱庭と呼ぶには相応しくない、奇妙な物だった。
五十センチ程の、紫色の壁に囲まれたその箱には、箱庭に在るべき敷砂や、草や動物の置物は無くて、ただ二体の人形が立っていた。箱の底板には小さなマス目があった。人形は少し間を置いて、同じ方向を向いていた。
人形は体長一五〇ミリ程度の、掌に乗る程の大きさだった。左側の人形は黒い燕尾服を着ており、右のもう一つは、女性の赤い振袖の着物を着て、前で手を重ねていた。人形は二体共、顔が無くて、表情が判らなかった。
僕には付き合っている彼女が居た。アパートの部屋に置いておいたそれを、彼女が見つけた。何此れ、と僕に訊ねた。友達が作った箱庭、とだけ僕は答えた。彼女も僕も、それ以上何も云わなかった。
箱庭をくれた彼は、同じ心理学科の友人だけど、入学後暫くすると、大学でもあまり会わなくなっていた。現に今は、顔を見掛けても話し掛けなかった。そんな折での、この彼自身の作った箱庭を手渡された事に、驚いた。箱をもらって次の日も彼を見た。しかし話はしなかった。アパートに戻って箱の中を見ると、奇妙な事に気が付いた。二つの人形の間が、少しだけ縮まっていた。
次の日、廊下で彼と擦れ違った。少し話をした。僕から話し掛けた。おかしな箱庭だね、と云うと、そうかい、と彼は答えた。部屋に戻ると、左の燕尾服を着た人形が、振袖の人形の方へ少し向きを変えていた。また次の日も彼と会った。向こうから話し掛けてきた。部屋に戻ると、今度は振袖の人形が向きを変えていた。
僕は箱庭に魅了され始めた。彼女が話し掛けてきても、僕は返事もせずに人形を見詰めていた。ただ彼女が、私の事愛してる、と訊いた時は返事をした。勿論だよ、何で、と云うと、今度は彼女が答えなかった。
いつしか二体の人形は向き合って、お互いの腰に触れようとしていた。寂しげな、顔の無い二体の人形。しかし、表情が無くとも、今僕は彼らの抱いている感情を理解する事ができる。明日には、二人の夢も叶うように思われた。
翌日、学校から帰って部屋の戸を開けると、二つに割れた箱庭が目に入った。人形も壊れて、ばらばらになって床に落ちていた。壊れた箱庭の前には、うずくまる彼女の背中が見えた。
その小さく震える肩を見て、今僕の体は快感に満たされている。あぁ、だから君が一番愛しい――。
夏の鐘は春の鐘より軽く響く。しかし秋の鐘は、夏の鐘よりもっと軽いのだという。
「秋の鐘7号を下さい」と僕は金物屋の主人に言った。「一番響きの軽いやつを」
主人は面倒臭そうな顔で在庫の棚をあさると、埃のかぶった箱を一つ取り出した。
「これ、10年前の鐘だよ」と主人は言いながら、箱に積もった埃をはらった。「近ごろ鐘を買う人なんて、ほとんどいないもんでね」
ふいに一人の女が金物屋へやってきた。
「夏のピストル32番を下さい」と女は主人に言った。「一番涼しげなものを」
主人が再び棚をあさっている間、僕は女と話をした。
「僕もピストルを一つ持ってるよ。冬の45番をね」
「冬は嫌い。春はもっと嫌いだけど、秋は好きでも嫌いでもないわ」
「君は夏派だね」
「ええそうよ。あなたは?」
「僕は好きな季節なんてないな。流行にもウトいし」
金物屋の主人が、また古い箱を一つ持ってきた。
「これ、20年前のピストルだよ」主人は埃の多さに顔をしかめた。「春のスパナ909ってのが今どきの流行さ。あんたたちも一つどうだい?」
僕と女は近くの海岸へ行った。
僕は結局、秋の鐘をやめて夏の鐘を買った。
「急にね」と僕は海を見ながら言った。「不安になったんだ。秋の軽さが」
女は海に向かってピストルを構えた。
「わかる気もする。秋って、どこか捉えどころがないのよ。ドーナツの穴みたいに」
空は曇っていた。
誰もいない海岸に、夏のピストルの銃声が響いた――。
「ねえ知ってた?」女は振り向いて言った。「ピストルって元々はね、人殺しとか銀行強盗の道具だったのよ」
「へえ、そうなんだ……。ところで“ギンコーゴートー”って何のことだい?」
「知らない」
女は海に向かって何発か銃声を鳴らすと、銃口からまだ煙の立つピストルを僕に渡した。
「あなたも打ってみたら?」
僕は灰色の水平線を片目で睨みながら引金を引いた――。銃声に驚いたカモメが上空を急旋回した。
「悪くないね」と僕は言ってまた引金を引いた――。「一瞬だけ、世界が自分のものになったような気がする。それが夏だね」
女は、空に向かって腕を伸ばし夏の鐘を鳴らした――。誰もが長く待ちわびた瞬間を告げるように、何度も――。
僕はこめかみに銃口を当て、
「これ、自殺にも使えるんじゃないかな?」
引金を引いた――。
すると色んなことがはっきりして、
僕の中にいっぱい、
夏があふれ出した。
何しろ此の時代である。少女に家族は無い。摩天楼の居並ぶ街の片隅、黴臭いアパアトメントの一室で暮らしている。近頃はその様な子供も大変多い。
或る日の暮れ方、少女は市の高架チュウブを、宛てどもなくぼんやり歩いていた。少女は毎夕そうして市を彷徨い歩く。その日の食の為である。西方に陽が沈み東方に月の残骸が揚がる頃、少女は赤銅色の市へ入る。街路の人通りは疎らで、遥か上空から、建造ロボタの労働する遠雷の声が聞える。と、少女の後を附いて歩く、一匹の猫がある。此の時代に生きた愛玩動物など珍しい。元は白であろう毛は汚れて薄墨色、まだ若い。少女は戸惑いながら、平生より世話になっている麺麭屋の青年の元へ着いた。
「此の猫、如何したら良いのでしょう?」
「奇妙なものですね。御家で飼ってみては」
青年は普段より多くの麺麭を、少女の煤けた手に握らせた。
少女は自宅へ猫をあげ、そっと麺麭と水を差し出した。猫は目を輝かせ、麺麭を齧り、水も少しだけ舐めた。そうして痩せた腹を膨らますと、部屋の隅の毛布で丸くなってしまった。寝床を奪われ少女は途方に暮れた。猫は和毛に包まれた腹を微かに上下させ、心地よさそうに眠っている。少女は恐る恐る手を伸ばし、猫の背に触れた。猫は満足げに寝息を立てている。やがて少女は猫と寄り添い、寝床に潜る。
アパアトメントの一室は全てが死に絶えたが如く動きの一切を失った。此の建物は元の住人の去ってから永く、既に空調も働かない。何処からか聞えるのは唯、機械の廻る幽かな音。
少女が起き上がる。振り返り、温かく柔らかな、幸福そうな猫を見つめる。少女は素早く立ち上がり、部屋を飛び出した。
既に闇の刻である。街燈も粗方故障したきり修繕されない此の区は、陽が落ちれば彼方上空の都の灯りが洩れ注ぐ外に光は無く、天は忌まわしいシアンデリアのようだ。少女は瓦礫に埋もれた旧市街を疾走し、先刻の市の街路に立つ。生温い風に揺れる傷だらけのワンピイス。煤けた小さな拳で、少女は麺麭屋の戸を叩く。
「一体如何したのです」
麺麭屋の青年が戸をあける。少女は青年に抱き付くように言う。
「私を飼って下さい」
「……それは嫁に貰えという事ですか。この国では許されないのはご存じでしょう」
「いいえ違いますわ、飼って欲しいの。ねえ、私を飼って頂戴」
仮初の休憩を終えた猫は、尻尾を立て廃墟へ歩み出た。飼育の関係とは、存外困難なものである。
唸りをあげ襲い来る鉄の塊。
私の頭部を狙い水平に薙ぎ払われた鉄棍を、右足で踏み込むと同時に身を屈めてかわす。
後一歩でこちらの拳が届く間合い。
勢いのまま更に踏み込もうとした瞬間側頭部に大きな衝撃が走った。
まったく予測していなかった攻撃に耐えることが出来ず、私は前のめりに地面に倒れこんでしまう。
おそらく先程上手くかわしたと思った鉄棍の一撃だ。あれだけの勢いを伴った水平打ちを一瞬の内に引き戻し、油断しきっていた私にお見舞いしたのだろう。
目の前の相手との実力差を改めて思い知らされた。
今の一瞬の攻防だけでも十分判る。この男の棍の技量と経験は並の武術家を軽く凌駕している。一体どれだけの人生をその修練につぎ込んできたのか。少なくとも私ごときが一朝一夕で覆せるようなものではないだろう。
やはりこれほど実力差がある者に挑むのは無謀だ。
しかし、それでも私はこの男を倒す。
そして師匠の仇を。
突き動かされるように両脚で地面を蹴り同時に体を丸め飛込み気味の前転をしたのと、倒れていた場所に鉄棍が叩き込まれたのはほぼ同時だった。
あまりの衝撃に土が弾け飛ぶ。あのまま倒れこんでいたなら、今頃頭蓋骨は粉々になり土の代わりに脳漿をぶちまけて死んでいただろう。
それほどの一撃。
当然の事ながらそれを放った男は大きな隙を晒していた。
慢心かそれとも別の何かか。
いずれにせよこれほど実力差がある相手に仕掛けられる機会は二度と来ないだろう。
考えている暇は無かった。
目の前にある相手の鳩尾。
そこに向かって真直ぐに得意としている突きを繰り出した。
私が最も長く修練し、そして今は亡き師匠に最初に教えられた技を。
「……という夢を見まして」
のどかな平日の午後、私は無人の駅のホームで正座させられていた。
目の前には死んだはずの師匠がいる。私の夢の中で。
「中々面白い内容の夢だが、それが寝坊した理由か?」
「はい」
とりあえず素直に礼儀正しく答えた瞬間師匠の拳が飛んできた。
まったく捉えることが出来ない。なんという速さと鋭さ。
さすがは師匠。
「そのせいで一日一本しかない電車に乗り遅れたんだぞっ! 次同じ様なことやったらどうなるか……きっちり教えといてやろうか」
そう言ってこの世のこもとは思えないような凶悪な目つきで睨んでくる。
成す術のない私はとりあえず色んな事に対して謝ることにした。
ごめんなさいと。
俺の剣の一撃を受け、邪教の司祭は地面に倒れ伏した。まだ息があるようだったが、あの深手ではもう抵抗できないだろう。
素早く周囲を見回す。虫の音が響く夜の荒野に動く影はなく、散らばった物が月明かりに照らされている。
奴の手先だった魔術師の死体がいくつかと、そして邪教の犠牲となった哀れな遺骸が何十体……。
この邪教は、死を崇める宗教だった。死こそ素晴らしいと主張し、罪のない人々を騙して殺してしまう教え。正気の沙汰じゃない。死ぬなら一人でやればいいのだ。
そんな邪教の討伐に単身やってきたのだが一足遅く、騙されて連れてこられた人々は残らず死んでいた。
悔しさに唇を噛みながら、俺は邪教の一味をすべて蹴散らした。この司祭は最後まで抵抗したが、それもここまでのようだ。
俺は再び司祭に視線を戻し、剣を片手にゆっくりと近寄る。奴は伏せたままうめき声を上げていたが、迫る足音を耳にして力を振り絞り上体を起こした。
「……待て。俺の話を聞いてくれ」
そう苦しげな声で語りかけてくる。俺はそれを鼻で笑った。
「お前は犠牲者がそう言ったときに待ったのか? よかったじゃないか、憧れの死が訪れて」
「違う、誤解だ。聞いてくれ、これは――」
その言葉に俺は足を止める。このイカれた奴が、最期に何を言うか気になったのだ。
奴はニヤリと笑って口を開く。
「――これは、ゲームなんだ」
周囲を満たしていた虫の音が消えた。
「そう、これはつまらない日常の憂さ晴らしとして作られたファンタジーゲームだ。だが現実の世界が悪くなるにつれて、ゲームにどっぷり浸かったまま出てこない人間が増えてきた。俺はそんな人々を連れ戻しに来たんだ」
語る言葉と同時に、あたりの風景がゆっくり溶けるように崩れ始めていく。
そして浮かび上がってくる。薄暗い部屋で誰と会うこともなく、虚ろな目で一人膝を抱えたみすぼらしい男が。
「わかってくれたか? 死を与えたんじゃなくて、偽の現実から解き放ったんだ。さあお前も……」
その瞬間、俺は全身全霊の力を込めて剣を振るった。
短い断末魔と骨肉の潰れる音が響く。
気が付けば、周囲はまた虫の音が響く夜の荒野に戻っていた。
「……危ないとこだった」
そう呟き、深く溜息を吐いて腰を下ろす。そして月を見上げながら、俺は静かに確信した。
美しい月光、涼しい夜風、心地よい虫の音。
この現実が偽物だなんて、絶対にありえないということを。